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国王暗殺(黄金の太陽5回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

立太子からおよそ一年半。
それを記念した閲兵式を、アトリ四神山の中腹に作られた練兵場で
終えた帰り、父アルギスの近衛隊長ラグズが、ライゾのもとに
駆けつけた。
まさかの思いで太陽殿に着き、ライゾは何もできないまま、
ただ死にゆく父の瞳を見つめたのだ。
「殿下、お気を確かに。なすべきことがございます。」
その肩をつかんで揺するイェーラの声に、ライゾははっと我に返る。
「イェーラ」
「はい。すでに五芒門にはフギン(伝書鳥)を飛ばしました。まもなく
イングスたちが港と街道を封鎖するでしょう。近衛隊には四神山の
封鎖を指示しております。」
すでに日没。最後の残照が、地平線に沈む。
一日の仕事を終え、人気の減った太陽殿ではあったが、三人の召使いと
衛兵が二人居合わせていた。
蘇生を諦めたイーサが、血に濡れた口元を拭うこともせず、
回廊を飛び出しライゾたちが乗ってきていた馬の手綱をつかんだ。
「後は頼むイェーラ」
はっとしてライゾは顔を上げ、召使いたちに言う。
「母上を、王后陛下とオースィラとソウェルをここへ
連れてきて下さい」
まだ無事なら、とは言いたくない。
「衛兵はここに残れ」
イェーラに付け加えられ、召使いたちが慌てて走り出す。

専制君主制の親政国家であるオーミ。国王という一枚岩に支えられた
北海の島国は、産出する豊かな黄金ゆえに、それを狙うものも多い。
オーミを丸ごと手にするために、暗殺は最も手っ取り早く、
安上がりな手段だ。
ミュゼファン王家の歴史は、暗殺の歴史でもあった。
そして国王アルギスが死んだ今、次に狙われるべきは。

「イェーラ、陛下を室内へ」
二人がアルギスの遺体を運ぼうと、その体に手をかけた、刹那、
一陣の風が、ライゾの後方から前方へ吹き抜けた。
誰かが、こちらを見ている。
風が伝えた気配は、回廊の外側、腰高に刈り込まれた匂檜葉の
垣根の中だ。
ライゾは屈んだ体勢のまま、足首に巻いた投擲用の短剣を抜き、
振り向きざまに垣根の方へ投げた。
空を切り、垣根に短剣が突っ込む。続けざまにもう一本、
そして三本目をイェーラが放った、瞬間、人影が垣根を
飛び出す。
黒い布を頭から被ったそれは、庭園の茂みに紛れて走り去る。
「逃がすか!」
追いかけようとするライゾを、イェーラが羽交い締めにした。
「なりません!」
「放せ!」
イェーラは残っていた二人の衛兵に命じた。
「行け!あれを捕らえろ!」
走り出す衛兵たちを、なおもライゾが追おうとする。
「なりません!国を滅ぼすおつもりか!」
弾かれたように、ライゾが振り向く。
「落ち着け。今おまえの命を危険にさらすのは、
国家の命運をさらすのと同じだ」
ライゾはぎりっと歯を食いしめた。
「くそっ」
ふうっと息を吐き、庭園の向こうを睨みながら身を引く。
「父上を、運ぼう。」
一番近い図書室へと、二人で抱え上げる。
これ以上、人目に立ってはいけない。
けれど、抑えようもなく怒りが沸き立つ。
黒い頭布は、神に任ぜられた仕事から穢れを避けるためのもの。
例えば反逆罪や囚われた暗殺者の処刑などを執行する際、
務めを行う処刑人が被るものだ。
この弑逆を、聖務とでもいう気か。
「イェーラ、この、血の色」
通常、内臓からの出血は緋色にも近い鮮やかな赤だが、
アルギスの胸の傷口にはやや紫がかった変色が見えた。
「多分ベラの毒だろう」
馬をも倒す蛇の毒。何をしても助からない。
青い瞳が、怒りに震える。
「殺してやる、誰だろうと」
「あとだ」
「わかってる」
ライゾは図書室の長椅子に横たえたアルギスの口から溢れた血を、
自分の肩布で拭き取った。
扉の外で声がする。
「王后陛下をお連れいたしました!」
血痕をたどったのだろう。ライゾは慌ててイェーラの肩布で
アルギスの首から下を覆った。
扉が大きく開かれ、王妃アサが駆け込んでくる。
横たわる夫を見た瞬間、彼女は悲鳴を上げた。
ライゾが慌てて扉をとじる。
「アルギス、まさか、嘘よ、起きて、お願いですアルギス!」
遺体に縋り揺する手が、かけられた肩布まで引き下ろしてしまった。
血塗れの体に、再びアサの悲鳴が響く。彼女の淡青の瞳の中で、
衝撃が全てを打ち砕き破片が涙となって飛び散る。
「母上、お静かに。人に気づかれます」
「それが何だというのです!アルギス、アルギス!」
「このことは、隠さなければ。父上の遺言を作成し、
母上が王位を継がれるべきです」
「何を、言っているの」
アサは恐ろしいものでも見るように、ライゾを凝視する。
「立太子したとはいえ、私はまだ成年に達しておりません。
私が十五になるまでは母上が」
「…恐ろしい」
「国を支えるのが恐ろしいことですか」
「わたくしが恐ろしいのはあなたです!父のこんな姿を前に
よくも平然とそのような」
ライゾは思わず母から身を離した。
高貴な神官の娘に生まれ、満月のような美貌と謳われ、
十七歳で王国の生き神に嫁いだアサ。
穏やかで逞しいアルギスは、ただ大切に彼女を守った。
国事や経済で彼女を煩わせることは一度もなく、人の誹謗や中傷に
さらされることもない。
よって彼女は三児の母となった今も、少女のままに思考し、
考えるより先に発言する。
一方、己の口から出た言葉の責任を追及されて育ったライゾには、
それが一時的な感情によるもので本気ではないなど思いもよらない。
「父上!母上!」
いつの間にか室内の隠し扉が開かれ、フラールの出入口に妹オースィラと
ヤヴンハール・エフワズが立っていた。
その姿を見たとたん、ライゾの体から一段力が抜ける。
「オースィラ、無事で」
後ろには弟ソウェルとそのヤヴンハール候補もいる。
「母上、兄上は、平然となんて、してないわ」
兄の様子を見たオースィラの咎めるような声音に、アサがライゾを
振り返り、早々に後悔する。
「…ええ、そうね。許して、ライゾ。怖かったの。アルギスが、
アルギスが」
アサの涙を封じるように、エフワズの声は冷静だった。
「恐れながら王后陛下、王太子殿下の仰せは尤もと存じます。
敵は国王陛下の暗殺に成功しながら、王太子や内親王には
手を出してくる気配すらない。状況が読めない以上、
ここは王后陛下が即位され、様子を探るのが妥当かと。
陛下の急病死を公表し、王太子の成人までは神の妻がその座を守る。
誰もが納得するでしょう。」
切り札は温存し、つなぎを立てる。ひとまずの様子見にはなるだろう。
けれど、夫の庇護のもとに恐れるものもない女王であったアサは、
その手を失った今、ただの女でしかない。
王位という言葉には恐怖すら感じる。
「…無理よ、わたくしには、できません」
アサのヤヴンハールは、アルギスのヤヴンハール・イーサの妻でも
あったが、数年前に起きた暗殺未遂事件の折に死亡している。
その恐ろしさが彼女の脳裏には焼き付いていた。
「お願いです母上、私の成人まで、あと半年と少しです。
その間に必ず犯人を挙げ、処刑します。母上の御身は必ず
お守りします」
「無理です!嫌よ!わたくしには、できません!」
罪を責められた者のように、怯えて夫の遺体に縋りつく。
ライゾは、それ以上何も言えなかった。
「…イェーラ、太陽殿の野外祭儀場に、都の者を集めてくれ。
あすの夜明けまでにできる限り」
「だめだ。今の状況で衆人の前におまえはさらせない。」
「分かってる。これは賭けだ。自分を囮にして、国を賭けることだ。」
「ならせめて犯人が捕らえられるまで」
「待てない。王位を空にはできない。それに、もしも犯人も
母上の即位を見越していたとしたら、俺の、いや、私の予想外の
行動は敵の動きを誘えるかもしれない。イェーラ、これは命令だ。
私は王位に就き、父の死を公表する。」

翌朝。白白と仄明るい早朝の空。
山の斜面を利用して造られた500段の石段を、王都グリームニルから
集められた三千余の民衆が埋め尽くす。
石段の両脇には、1マナル(100マナル=1ゼッド=1.3km)おきに
聖歌隊の少年たちが配置され、神の出座を待っていた。
その夜明け、日の出と共に王の出現を告げる鐘がけたたましく
鳴り響く。
太陽殿野外祭儀場。王国の神のみが立てるその祭壇に、少年は立った。
5種の宝石と5本の金鎖で飾られ中央に巨大なダイヤモンドが輝く、
王冠聖オーミを戴き、神剣イアリを手にして。
人々はそこに立っているのがアルギス王でないことに戸惑いながらも、
両手首を交差させて胸に置く、神前の最敬礼で膝を折った。
ライゾが一歩踏み出すのを合図に、聖歌隊の少年たちが一斉に
ライゾと声を合わせる。
「皆、心して聞け!」
同じ抑揚、同じ音程、同じ速度で、一字一句違えず同時に響かせる声は、
恐ろしいほどの迫力だった。
「昨夕オーミ83代国王アルギスが逝去なされた」
石段を埋め尽くす人々の上を滑るように衝撃が走る。
「卑劣極まる暗殺者の手によってだ!」
驚愕のどよめきが一気に広場を覆い尽くした。
「暗殺?」
「王様が?」
「殺されたってことか!?」
「なんで」
「誰がやったんだ!?」
「誰だ」
「言ってください王子様!」
「誰がやったんだ!」
「王子様!言ってください!」
悲嘆の怒声轟々たる中、ライゾは彼らを覆うように諸手を開く。
それは聖歌隊への次の合図でもある。
「ユマラがお答えくださるだろう。そのお声を聞くことが
余の務めであると父は言い遺された。」
ライゾは蒼銀の神剣を抜き放ち、頭上高々と突き上げる。
「よってこの王太子ライゾが、今より84代国王となる!
始祖ナシズ大王の御心と王冠を継ぐ王となる!
復讐のためではない。父や己のためではない。
余はこの国に生涯を捧げ、そなたらの幸福に命を捧げるために
王となるのだ!
建国より千年、これより再び千年の栄光を、子々孫々揺るぎなき
平和を、ともに築こうではないか!
余は前アルギス王と同じく、我が国と我が民を死守すると誓う!
ユマラと天地と海の聖霊、そして我が名にかけて!」
気迫に満ちた演説が、人々の胸に抉り込めとばかりに響く。
「天の定業、我が内に融け、今より我が血は人の血に非ず!
この身は神の現身なり!」
背後から昇る朝日に照らされたライゾの姿。プリズムとなって
陽光を弾き、人々の上に虹を差すイアリ。
その情景の美しさが更に人々を熱狂させ、歓声は広場を揺るがす。
「ユマラの御意志は、我にあり!」

かつて万有のなかの一(いつ)なるものが
四つの力強きものと降り来て世を創り
人を創りて立たしめたり
一(いち)にして二なるその力は
大いなる万象に秩序づけ
やがて自らその運行に加わりて
天地に三つの目を開けぬ
オーミを築きし三つの目とは
即ち太陽と月と地上の王なり

オースキと呼ばれる天地開闢の唄は、古語であるため
意味を知る者は少ない。
が、聖歌隊が奉る古歌と共に、人々は深い愛情をもって穏やかに
前王を見送り、一筋の混乱もなく新王を迎えた。



つづきます。


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国王暗殺(黄金の太陽6回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学


ひと月にわたる葬儀の後、王位襲名にはいくつかの儀式・典礼が
あった。
一つめは、新王への最初の供物を王族たちが捧げる供犠(くぎ)。
二つめは、聖湖アトリの浮島で神官たちを立会いに行われる戴冠式。
三つめは、神殿に仕える全ての者が王に敬服を宣誓する誓約式。
四つめは、歴代国王以外は立ち入れないソレイ島。その黄金神殿で、
前王の導きにより、伝説の巫女姫の秘跡が新王に授けられるという秘儀。
最後は、四つの儀式を終えた新王が、王都以外の6つの街を訪問し、
各地の代表者たちから祈誓書と祝い金、神木ロメの奉奠を受ける
臨幸訪問である。

しかしライゾは状況を鑑み、五つのうち三つを省略することを決めた。
野外祭儀場での襲名宣言をもって供犠と代え、誓約式をもって
戴冠式と兼ね、臨幸訪問はエギルのみとし、秘儀は立太子の折、
内密に済ませていたと。
なかでただひとつの気がかりは秘儀のことだ。
これまでオーミの、数多の王たちの、そしてライゾ自身の運命を
大きく左右してきたソレイの巫女。
それが誰なのか、黄金神殿があるというソレイ島はどこなのか。
ライゾに告げないまま、アルギスは逝ってしまった。
宗教に支えられたオーミでは、それこそが治世の鍵でもある。
なるべく早く、探し出さなければならないだろう。
加えて、ライゾはライゾ・ロヴァルギス・ミュゼファンと名を改める。
ロヴァルギスはアルギスの息子という意味であり、王として
あまりに若い新王に、少しでも前王の影を残して威を補おうという、
せめてもの対外政策だった。

「無茶でございます」
太陽殿の第一執務室で、王位襲名に関するライゾの決定を聞いた
7人の執政大臣たちは、新王を取り囲んで異議を申し立てた。
「本来は誓約式の準備だけでも20日はかかりましょう。
式典には専用のお衣装や道具類も必要です」
答えながら、ライゾは手紙をしたためる。
「誓約式は三日後に行います。来年の死者の日までは私たちは
服喪中の身。派手な式典は不謹慎なので新しいものを作る必要は
ありません。前王の物が聖具室にあると聞きましたので、
それを使います。」
「しかし陛下がお付けになる紋章の指輪や胸飾りは、前王と
同じものは使えません。鋳造するにはどんなに急がせても七日は」
「ではあれを拝借すればいい。」
ライゾが指さした背後の壁には、初代国王ナシズが付けたとされる
紋章飾り<黄金の太陽>がかけられていた。
「<双頭の鷹>はこれ以後ソウェルのものとします。
それなら瑤神殿の扉も作り直さなくてすむでしょう。」
書いているのは、エギルのイングスに宛てた手紙だ。
国王は亡くなり、後を継いだのは十五に満たない少年王。
今やオーミは取り放題の宝の山。近隣諸国にはそう見えるだろう。
「伝統は無意味ではありません。供犠を省略なさるのはともかく、
戴冠式までなされぬとは」
「父を弑した犯人を捕らえるまで、私は真に王位を継ぐ資格を
得たとは思わない。借り物の座に形式は不要です。」
<来春をめどに出撃の準備をされたし。仮想敵はベルカナ、
ネツァーク、マクールの連合とし、見積をまとめてほしい。>
今は秋。北海の秋は短く、幸いにして冬に海戦を仕掛けるほど
愚かな国はない。この冬を天の賜物として、暗殺事件を解決し
戦に備えなくてはならない。
けれど不幸にして長い冬は、敵にも十分な猶予を与えてしまう。
エギルですべきは臨幸訪問などではなく、戦の打ち合わせと
その下準備だ。
「誓約式までにエギル訪問を済ませたい。アルヴィース、
これをフギンにつけてイングスの所へ飛ばしてくれ。」
反論したのはアルヴィースではく、ヤヴンハール・イェーラの
義父であり、書記官フェフの実父にして、主席執政大臣ペルスである。
「無理ですな。三日以内でエギルまで往復なさるなど」
「馬を継いで裏街道を通れば可能です。」
「とんでもない!御身を何とお考えか。それでは満足な警護も
出来ますまい。海で長くお暮らしゆえ、裏街道がいかなるものか
ご存知ないと見える。」
「いかなるもの、とは?」
すでにライゾの性格を理解しているアルヴィースが、肩をすくめて
解説した。
「山賊が出るんですよ、さほど大きな集団ではありませんがね。
そのせいでグリームニルからエギルへの裏街道は、通称亡霊街道と
呼ばれておりまして。山賊に殺され、途中にある底なしのミミト沼に
沈められた者たちが、這い上がろうと道行く者にしがみつくとか。」
「ああ、そういえば、海賊がいるなら山賊もいるか。
わかりましたペルス殿。ついでに退治してきます。
ということは、スヴェイン」
「御前に。」
「エギルまで供をしてくれ。イェーラも。あとは近衛隊から手練を
二~三人選んで、明朝ここを発つ。」
「御意のままに。」
「アルヴィースは替え馬の手配を。都の留守居はペルス殿に任せます。
誓約式の準備について経費の相談はヤルルに、人手の問題は私の
侍従長ハルバに。式次第はピナが詳しいでしょう。」
最後にライゾは付け加えた。
「父上のことは、私が戻るまで保留とします。」

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三日後、ライゾの一行は無事に帰都した。
「ご無事のお戻りで実に良うございました。」
太陽殿に出迎えたハルバたちが、一行を貴賓室へ直行させる。
誓約式にぎりぎりの時間らしい。
「さ、こちらでお早くお着替えを。皆様方、大広間にて
お待ちでございます。」
「留守中は?」
埃にまみれた服を手早く落としながらライゾが尋ねた。
その横で平気で着替え始めるイェーラを、ピナが慌てて衝立の
向こうに連れて行く。
それを咳払いで見送りながらアルヴィースが答えた。
「いいえ、何事も。皆ご命令通り、おとなしくしておりましたよ。
ところで、山賊には遭われましたか?」
アルヴィースの質問は、別段心配する様子でもなかったが。
「いや。一気に駆け抜けたせいで襲う暇がなかったらしい。
とりあえずイングスに頼んで冬の間、手下どもの暇つぶしに
討伐隊を出してもらうことにした。」
金策担当のヤルルがぴくりと眉を上げる。
「その討伐隊への支払いはどちらが?」
「心配するな。おまえの実家のおかげでうちの金庫は潤ってる。」
「まさか!全額を負担なさるので!?」
「せっせと稼いで国を良くするのが王族の務めだろ。
よし出来た。行こう。」

太陽殿の大広間の屋根は、そもそも帆布で出来ている。
太陽神ユマラのもとに何らかの儀式を行うときは、
帆布は外され降り注ぐ陽光の中で、粛々と行われるのだ。
晴れた秋の日。
新王は祭壇の上に座し、神殿内それぞれの役職ごとに代表者たちが
述べる宣誓を聞き、捧げられる神木の枝を受け取り、
その枝で水盤に満たされた聖湖アトリの水を、彼らの頭上に
散らしていく。
枝の受け渡しにソウェルが、水差しから水盤に注ぐのは
オースィラが担当している。

その式次第の幾人目かに、フェフがいた。
船に暮らすライゾと神殿の家族を、長らく繋いでくれた友人。
その見慣れた顔に、その時ライゾはなんとも言えない違和感を感じた。
フェフの表情がいつもと違う。
真っ直ぐにライゾの前に進み出たフェフが、両手で目の位置まで
差し上げたのは、ロメの枝ではなく
一本の短剣だった。
「…私が、アルギス様を弑し奉りました。」
一瞬のどよめきの後、大広間が凍りつく。
ライゾは最初は本気にしなかった。
悪い冗談。たちが悪すぎる。
そうだ。フェフが、そんなことをするはずがない。
それと同じくらい、こんな悪質な冗談を彼は言わない。
ライゾの声はにわかに震えた。
「嘘だ。」
嘘でしたで済むはずがないことくらい、わかっているはずだ。
「ユマラと天地と海の精霊、陛下に誓ってそれが真実であることを
宣言いたします。」
嘘だ。本当のはずがない。ではなぜ?なぜこんな場所でそんなことを。
それを確かめるのは、後でいい。
今はまず、彼が犯人ではないと皆の前で証明しなければ。
「いかなる根拠をもってそう申し述べるのか、この場で明らかにせよ。」
「これが、アルギス前王陛下のお命を奪った剣でございます。」
「これへ持て。」
「御意のままに。」
ライゾは差し出された短剣を手に取る。
根元までこびりついた血脂が紫がかった焦げ茶に変色し、
錆びはじめている。
「この剣にベラの毒を塗り、陛下の心臓に突き立てました。」
「よせ」
「回廊の西の中ほどでお呼び止めし、お人払いを願い、」
「やめろと言っている」
「毒刃を刺した後、垣根に隠れてご落命を確認した次第で
ございます」
「黙れ!」
思わず腰を浮かせたライゾの腕を、ぐっと握る者がいた。
オースィラが、ライゾの腕をつかんだまま恐ろしいほどの憎悪で
フェフを見ている。
いけない。このままでは。
「…では、その折に私とイェーラが垣根に向けて何本の矢を
放ったか答えよ。」
「飛んできたのは矢ではなく、投擲用の短剣が三本でございました。」
「ではラグズは」
あの時、父のヤヴンハール・イーサは、近衛隊長ラグズと衛兵二人の
遺体を見つけて戻った。
太陽殿の裏門からほど近い山中に、まとめて遺棄されていたという。
「…私が、殺しました。」
「ラグズは先王陛下の近衛隊長。王国でも五指に入る剣の使い手と
衛兵二人を一人で倒したと?」
「御意にございます。」
不可能だ。
「いかにして?」
「…私は陛下の書記官でございます。どなたも私を見つけても
警戒はなされず、人影を見なかったかとお尋ねで、不意を付くのは
容易くございました。」
「遺体はひと所にまとまっていた。なぜだ?」
「…私がお運びいたしました。」
それも無理だ。
「なにゆえに?」
「獣に荒らされては哀れだと考えてのこと。」
否定してくれ。
「それほどの時間があったとは思えない。」
自分ではないとこの場で言ってくれ。でなければ。
「陛下、それでも。全ては私の、私ひとりの仕業でございます。」
…ああ、これでは、もう無理だ。けれど、
言いたくない。こんなことは、言いたくない。
「スヴェイン」
「御前に。」
「フェフを双神殿へ。」
双神殿は双子であった8代目の国王がアトリ山中に別荘として
建てた双塔を有する小さな神殿で、数回の改装を経た今は、
国事犯専用の監獄塔として使われている。
「御意のままに。」
フェフはスヴェインに先立って歩き出す。
その暗い監獄に向けて。
大広間を出る二人を見送った人々は、彼らの姿が消えると
今度は視線を別の人物に移した。
フェフの実父ペルスと、義姉イェーラである。
ライゾは言うしかなかった。
「主席執政大臣ペルスとヤヴンハール・イェーラに、蟄居申し付ける。
速やかにアトリ神山をくだり、グリームニルにて沙汰を待つように。
なおペルスの代任は次席のマンナズとする。」

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鉄格子を挟んでフェフと対峙した時、囚われているのはまるで
ライゾの方であるかのような面持ちだった。
「言ってくれ。誰かを庇っているのか、それとも脅されたか?
気づかずに騙されたか」
フェフの表情は静かだった。嵐の後の凪ぎのように。
「…いいえ、陛下。私は誰に騙されても、脅されてもおりません。
誰を庇ってもおりません。
全ては私ひとりの、心うちのことでございます。」
「嘘だ。俺は、おまえを知ってる。
今までの友情にかけて頼む。言ってくれ。悪いようにはしない。
おまえを恨んだりしない。
フェフ、本当のことを言ってくれ。」
フェフは黙ってライゾを見つめるばかりだった。
ライゾは、父が死んだ日も、今までずっと泣かなかった。
泣けなかったのだ。その堰が切れたように、今は涙があふれ出す。
両手で鉄格子にしがみつき、それを揺すって激昂した。
「言え!王の命令だ!答えろ!
俺が聞いてるんだ!なぜだ!なぜ父を殺した!?
なぜ俺たちを裏切った!いつから!なんでおまえが!」
嗚咽に言葉を詰まらせたライゾの、鉄格子を握り締めたままの手を、
フェフはそっと包んだ。
泣きじゃくる幼いライゾをフェフ自身も子供ながらにあやしたことも
あった。
誰憚ることもなく感情のままに泣く姿は、あの頃のままに見える。
「…懐かしい。とても。
あなた様が船を降りられてから、まだ二年も経っていないのに。
けれど、もう全てが、変わってしまいました。
あの頃とは、何もかもが違う。
いつからとお尋ねなら、きっと生まれた時からでしょう。
あの頃から、私はもうずっと、アルギス様も、国もイェーラも
陛下さえも、私は裏切り、騙していたのです。」
涙に濡れた瞳が、真っ直ぐにフェフを見返す。
陽に照り映えた海のように、青い、青い瞳。
その目の中の懐かしい海に、この時フェフは永遠の別れを告げた。
「拷問も処刑も、どうぞご存分に。私にできるせめてもの贖罪です。
お許しください陛下。何も、申し上げることはできません。」
フェフの瞳を見たとき、ライゾは知った。
彼は死にたがっているのだ。揺るがない決意で、死を望んでいる。
ライゾは、背を向けて歩き出す。
その背にかけられた言葉は、聞いたことがないほどに優しかった。
「陛下の御世が善き事に満たされますよう、
陛下が英邁な君主として民草に愛されますよう、祈り続けます。
末永く、健やかにてあらせませ。」


つづきます


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プロフィール

シカピ

Author:シカピ
数年前、とある美声にひと耳惚れし、
そのまま声フェチに、そして
ヤンデレに行き着きました。
同じ道を通った人、いますか?

真冬以外は年中花粉症です。

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