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国王の値段(黄金の太陽13回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

ネツァーク帝国首都ビルレスト。
それ自体がひとつの街でもある広大な王宮、
シンフィエトリ宮で、女帝アツィルナ・マルクトは、
手にした読書棒をとり落とした。
「敗戦!?」
黒檀の読書机から立ち上がり、使者の手から報告書を受け取る。
<ベルカナ国王バラゴ・ラグレン、ライゾ王との一騎打ちにて戦死。
王太子ガラドラル・バレッジ捕縛。
提督タイトン・ブリモーネ、負傷にて捕縛、まもなく死亡。
提督リグザディッド・ガンディ、戦死。
以下、艦長総数160人中、戦死者80人、負傷者60人。
戦闘兵小隊長510人中、戦死者200人、負傷者180人。
兵員、漕ぎ手、水夫はそれぞれ約半数以上の犠牲。
オーミ海賊団における船長以上級の戦死者はガンディ提督と相討ちの
ヒワ総督リハゴが副官モルドをはじめ、200人中40人、負傷者60人。
いずれも左右翼に集中する。
戦闘員、漕ぎ手、水夫の犠牲は総合的に三分の一以下程度にとどまる。
さらに王太子を除いた捕虜、約200人がオーミ船団の帰国前に
船ごと火を放たれ沈没。
ダラテナ海戦はオーミの完勝にて終戦。>
実にまずい結果だった。
「分かりました。下がってよろしい。」
その結果いかんでは後に続いて利益に預かるべく、近隣諸国は
この海戦に熱いまなざしを向けていた。
見守るにとどまった国がほとんどだったのは、偏にこれまでのオーミ
海賊団の実績ゆえだ。
女帝アツィルナ・マルクトがそれを押しても艦隊を出した失策の
原因は、ライゾ王に関する情報の少なさだった。
立太子式の日まで彼が人前にも現れなかった理由を彼女は誤解したのだ。
神殿の奥深くに隠れるように育った少年に、老いたりといえど
あの戦好きのオルドルを撃破できるとは到底思えず、9割がたバラゴの
勝利を確信していた。
バラゴ本人でさえそのつもりだから自ら出陣したはずだ。
だからこそ下手を打つつもりもないが利に遅れる気もない女帝は、
少年王の品評もかねて、バラゴに同盟を匂わせもし、密約ながら共闘も
約束したのだった。
実際には戦闘に参加しなかったといえ、覚書は効力がある。
女帝は切歯扼腕した。
最上と信じて買った品物より、もっと良い物を見つけてしまったのだ。
仕方がないのでベルカナの懐から密約の覚書を盗み出し、オーミには
戦勝祝いを贈ろうと手配していた矢先、彼女に買い替えの素晴らしい
好機がもたらされる。
ベルカナ敗戦の報より10日後、帝国最大の港町ミヅァスートから
送られてきた使者によって。
ミヅァスートを治める女帝の愛人の一人、ナナ・ユーレリアン・
アストール。その名においてシンフィエトリ宮に飛び込んできた使者は、
女帝好みの黒髪と精悍で知的な容貌を持つ長身の伊達男だ。
アザト・コーヴァと名乗った使者は書状を携えない密使だった。
女帝は人払いし、口頭でその知らせを聞く。
「昨日ミヅァスートの門に、ケセド・アマルーと名乗る男が少年を一人
連れて現れ、陛下と取引したいと申し出ました。
その様子が尋常でないためアストール考皇が自ら検分を行い、男が
連れていた少年が、オーミのライゾ・ミュゼファン新王と判明したため、
私が遣わされた次第にございます。
現在二人はアストール考皇のウルマーロ宮内、<鳥籠>にご滞在中です。
彼らの今後の処遇と申し出について陛下のご下命を賜りたく、
何卒ウルマーロ宮へお運びくださいますようお願い申し上げます。」

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アツィルナは首都の留守を宰相に預け、財務長官、宮廷書記官、
陸軍総司令官にウルマール宮への同行を指示すると、その日のうちに
アザト・コーヴァと馬車に飛び乗った。
「詳細を聞かせていただきましょう。」
こげ茶の髪を結い上げたふくよかな体が、馬車の揺れに合わせて
振動する。上品な旅装と控えめな化粧の中で、唯一濃く引いた眉の
下から、力強い目でコーヴァを注視していた。
その視線を、不遜なほど真っ直ぐに受け止めて彼は答える。
「現在ミヅァスートの駐屯中のフレカステイン連隊の一個師団が、
ウルマーロ宮の別棟<鳥籠>の警備に当たっております。残りは
緊急時の配備体制で街の警護を」
「あら、お待ちなさい。」
思い出したようにアツィルナが遮る。彼女の、周囲を押し払うような
威容が声音をも高圧的に感じさせる。
「ティファレットはどうしましたか」
それは彼女の第9子で、4人の息子と5人の娘の末子である
12歳の少女だ。
「内親王殿下はまだ都には戻りたくないと仰せで、今はアストール考皇が
つききりでいらっしゃいます。」
ネツァーク貴族の称号は上から考皇、等皇、伺皇、待皇の4段階である。
等皇は5代以上続いた貴族、考皇は皇家の血筋と決まっていた。
「そうですか。ナナがついているなら、そう案じることもないでしょう。」
そして皇家に縁のない考皇を、アツィルナは3つの名で呼ぶ。
帝国のアストール、ティファレットのユーレン、私のナナ、と。
アツィルナには名前だけの夫がいる。
クーデターによって帝位についた彼女は、皇家直系の血筋を奉る
旧勢力のうち、過激派には容赦のない粛清を加え、穏健派を抑える
ためには殺害した先帝の子である精神薄弱の青年との結婚を選んだ。
当然彼女が生んだ9人の子供たちは、亡き母を泣いて恋しがる
夫ではなく、3人の愛人たちを父親としている。
頭がよく、控えめで野心がなく、優しげな風貌を持つ青年貴族ナナ。
アツィルナより10歳若い彼は、ミヅァスートの領主にして
ティファレットの実父である。
ティファレット本人も、一日中執務室にいる母親より、愛情深く
面倒見のよい父親に懐いており、彼が領地へ戻るときには必ず
同行し、滞在した。
「それで、ライゾ王とはどのような人物でしたか」
「ちょうど15歳におなりだそうですが、かなり大人びて見えます。
噂どおりすばらしい美貌の持ち主で、4ヶ国語を操り、身のこなしには
武人としての冴えもお見受けします。」
コーヴァは艶やかな甘さを含んだ黒瞳でアツィルナを見つめて話す。
その容貌がひどく自分好みであることに、彼女はようやく気づいた。
「尋常でない様子とは、具体的にどのようなものですか」
値踏みするようなアツィルナの視線に、やっと個人的な興味が
加わったと見ると、コーヴァはゆったりとした笑みを浮かべる。
「ケセド・アマルーと名乗る男は、ライゾ王を捕らえたと申し出ましたが
人質と掠奪者というよりも、何と申しましょうか、海賊と詐欺師が
結託して連れ立っているような雰囲気でした。
アマルーは片時もライゾ王のそばを離れず、誰にも指一本触れさせず、
そればかりか手荒く引っ立てようとした兵士たちの腕を3本折り、
ライゾ王を足蹴にした男を執拗に殴り続け、遂には捕らわれのはずの
ライゾ王がそれを止めだてする始末でございました。」
コーヴァの音楽的な話し方、自身の魅力をよく表す表情の出し方に、
アツィルナは少し露骨に見つめすぎたかと、心の中で苦笑した。
「どう育てば、王子が“海賊のように”なるのやら。会うのが楽しみね。」

ウルマーロ宮の別棟<鳥籠>。
それは身分ある人質を監視するのに最適な、むしろそのために造られた
ものだ。
横に長い立方体の建物の、床は磨いた大理石。
嵌め殺しの大きな窓は、花型の金格子をめぐらせ、色とりどりの削った
水晶でステンドグラス状になっている。
たったひとつの樫財の扉は、窓と揃いの模様が美しい象嵌で、
その模様を組み替えて開錠する仕掛けである。
大ぶりの机は造りつけで、寝台には最高の毛皮を敷き詰め、大鏡と
衣装を入れた大きな櫃も用意され、人ひとり隠れる物陰も提供しない
完璧さだった。
馬を替える時と用を足す以外は、まる一昼夜、休まず馬車はひた走り、
アツィルナは徹夜の疲れも見せずに鳥籠へ直行した。
200人余りの兵が固めるウルマーロ宮の奥。
視界を遮る高い針葉樹の植え込みに埋もれた鳥籠で、
痩せた男が扉にもたれかかって座り込んでいた。
立ち上がると、アツィルナより小さい。
ばさばさの灰色の髪と黄みがかった茶色の目。
貧相な剣と汚れた身なりで、男はアツィルナに膝を折る。
「ご尊顔を拝し恐悦に存じます。ケセド・アマルーと申します。
英知の誉れ高く民の尊崇を一身に集める美しき皇帝陛下、
わたくしごとき卑しき身にお目通りをお許しいただきましたこと、
まずは御礼申し上げます。」
低くしゃがれた声で、似合わない慇懃な口を利く、痩せて汚れた小動物の
ような姿。
けれど、この眼は違う。これは強い反骨精神と、大望ある男の眼だ。
しかもこの状況は彼の手段を選ばない性格を、不似合いな美辞麗句は
不誠実さを表す。
こういう人物は目的のためなら平気で仲間を裏切り、契約を破って
嘘をつくだろう。
こんな男と一国の王が結託する?
アツィルナは直感した。あるいはそれは女特有の勘だったかもしれない。
この男には関わるべきでない。
ライゾ王がどんな人物であろうと、この灰色狼はさっさと用を済ませて
追い払うのだ。
「率直に話しましょう。ケセド・アマルー、私と取引をしたいそうですね。
まずは条件を、見せていただきましょう。」
「仰せのままに」
アマルーは仕掛け扉の細工をいとも容易く開けてしまった。アストールの
驚く顔に見向きもせず。
「皇帝陛下のお越しです。」
どうぞ、と中から聞こえた返答は意外なほど穏やかな声だった。
海賊のようだと聞き、さぞかし猛々しい様子をしているのかと
思ったのに。
室内に踏み込んだ瞬間、アツィルナは目を奪われる。
染み入るほどに鮮やかな碧眼。目も覚めるような黄金の髪。
淡い青鈍色と濃い瑠璃色を組み合わせたオーミの民族衣装をまとい、
ひとつの金飾りもなく、ライゾは窓辺に座していた。
背筋を伸ばし、視線を上げ、何の変哲もない肘掛け椅子を、
これこそ玉座といわんばかりに凛然と、神像さながらの佇まいで。

倒れて眠り込んだ船室からケセド・アマルーに攫われた夜、ライゾは
無人島でアマルーの剣の下に目覚めた。
「…ベルカナ人じゃないな。傭兵にも見えない。おまえ、誰だ?」
両手を後ろ手に縛られたまま誰何したライゾに、男はすらすらと話す。
「ケセド・アマルーと申します。ライゾ王陛下。
貴方様が今おいでのここは、ハガラズ。ダラテナ諸島のひとつである
地図上の無人島。その岩屋の中です。」
ライゾはぎょっとした。
ハガラズといえば、獣人一族が住むという伝説ゆえ立ち入る者もない
島だ。ライゾ自身は、危険な獣でもいるせいでそんな言い伝えが
できたのかと思っていた。
その表情にアマルーは察する。
「ご安心ください。ここは安全でございます。」
「目的は何だ」
アマルーの答えは、予想外のものだった。
「私は王になりたいのです。この無人島ハガラズに、自分の国を
作りたい。そのために北の海域3大勢力のいずれかに貴方様を売り、
その代価を元手に他の国々の承認を取り付けるつもりでございます。」
「国?こんなところにか?」
「はい陛下。」
ライゾは縛られたまま、胡坐をかいて向き直る。
「もう一度聞くぞ。目的は何だ。力がほしいなら、こんな場所は
選ばない。獣人伝説の無人島に何の価値がある。
おまえ、そのぎらつく目で何が見たい?」
ふうっと大きく息をついたアマルーは、いきなり剣を放り出し、
ライゾの前に同じく胡坐をかいた。
「さすがは陛下。美貌に名高く勇敢であられるばかりか、知力や
洞察力にも優れておいでのようで。」
心底、心無い賛辞だ。アマルーにとっては枕詞のようなものなのだろう。
ライゾは鼻で笑った。
「仰せのとおり、私が求めるのは力でございますよ。
ただし、確かに貴方様がたがお考えのそれとは違いましょうが。
ここに2、3日もおいでになれば、すぐにお分かりになりますよ。
ここの価値が。」
アマルーはぐっとライゾに顔を近づける。
「永遠です。それは不老不死の力。そしてこの世を操る予言の力です。」
この男、頭がおかしいのか。
「荒唐無稽に聞こえるのは、無理もございませんな。
けれど私はこの目で見たのです。そして彼らは私にそれを約束した。
彼らを、奇妙な声で変わった言葉を話す彼らを、貴方様がたが
獣人と信じて近づかずにいてくださる限り、ここは私には楽園でして。
彼らもまた、ここを守ることを望んでいる。
だから取引したのです。私は約束とここを守り、時が来れば
世界をこの手にするでしょう。」
「彼ら?」
「ナーカル伝道団ですよ。」
当然知っているもののように、アマルーは話す。
「もちろんご存知ですね?」
「いや、初耳だな」
「これは、妙ですな。陛下。失礼ながら、御身は間違いなくオーミの
ライゾ王様でしょうな」
「ふん。そこは確かだ。」
「オーミでは即位の式次第で秘儀としてナーカル碑文を見るものと
聞き及んでおりますが」
瞬間、ライゾは身の竦む思いがした。
登極の手順のなかで、もっとも重要とされながら行えなかった秘儀。
冬の間に、神殿中の記録を漁ったが、結局見つからなかった。
「黄金神殿の、碑文か?」
「ああ、やはりご存知で。そらとぼけるとはお人が悪うございますよ。」
予言、ナーカル、ソレイ、碑文、黄金神殿。
一気に噴出し、心に渦巻く疑問。けれどここで知らないとばれれば
ろくなことにはならないだろう。予感だが、確実なはずだ。
ならば気づかれないように、探るしかない。
それまでこの男は手放せない。
不老不死?世を操る?
話す内容は信じる気も起こらない与太話だが、ここで逆らえば
間違いなくベルカナへ売られるだろう。国王を討ち果たしたばかりで
敵国へ引き渡されては、命がない。
それがマクールであっても同じこと。コクマ・エリントの欲にかかれば
幾ら吹っ掛けられるか分かったものではない。
オーミの立場が悪くなりすぎる。
となれば残るは日和見主義のネツァークだ。
ダラテナ海戦では艦隊を退いたこともあり、今なら女帝はオーミの王と
進んで事を構えはしないだろう。
またネツァークの懐へ入り込めば、何か今後に役立つ情報が拾えるかも
しれない。願わくば己の身代金に代わる弱点を。
「アマルー、ならこうしよう。
俺はおとなしく売られてやる。ただしネツァークへならだ。
そしておまえが女帝から金と建国の承認を取り付けたら、今度は俺が
おまえを雇う。俺の脱出に手を貸せ。見事逃げおおせた暁には
共にオーミへわたり、そこで金を払う。おまえが女帝からせしめる
二倍の額を。船もつけるぞ。おまえはそれに乗ってマクール王に会いに
行けばいい。どうだ?」
協定が成立すると、アマルーはライゾの縄を切って息をつく。
「陛下、私は時に虚言を弄しますが、今のところ陛下には真実しか
申し上げておりませんよ。その証拠を、ネツァークでお見せしましょう。」
人を強奪し、煙に巻いて利用する男のどこに真実があるものか。
それでも契約さえ守らせられるなら、嘘でも真実でも、こいつの頭が
おかしかろうがどうでもいい。
勝ち戦に油断して、みすみす身柄を掠め取らせ、国家の危機を招いた。
その失態を挽回するため、全力で女帝をたらしこみ、自力でオーミに
帰還してみせる。
そう決心し、ライゾはネツァークの地を踏んだのだった。


つづきます

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国王の値段(黄金の太陽14回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

女帝は一瞬息を止めた。
いや、忘れたのだ。目の前の美しい存在感に。
ライゾは内心で不敵に笑う。それでこそ慌てて衣装箱を
引っ掻き回し、装った甲斐があるというものだ。
今ばかりはエルストラに感謝したい。
彼女が好んで着せた色と似た色の衣装を見つけ、裾を裂いて着方を変え、
オーミ風にまとった。
丁寧に梳いた髪はエルストラの好むように結わえず肩に散らし、
造作の芸術性を相殺する宝石や金飾りなど、黄金の髪と碧玉の瞳には
無用の長物だと言われたことを信じることにした。
そうして表情を消し、相手をじっと見つめ、不意に柔らかく微笑む。
違う、やり直し、違う、もっとこう、花が開くように笑え、と言っては
何度も練習させられたそれを、まさかこんな場所で使うことになるとは。
力を入れずに背筋を伸ばせだの、唇を引き結ぶなだの、
目を見てゆっくり瞬きしろだの、何の役に立つのかと辟易すると、
彼女は言ったのだ。
<あんたの顔は期限付きの財産で武器だ。その気になりゃ城だって
落とせるぞ。だいたいが城門と城主の奥方の脚はつながっていてな、
奥方が脚を開けば城門も内から開くものさ。
だから死に損ないのババァでも闇の園から這い上がってきたくなる
ホホエミを習得して見せなよ。>
あの時のエルストラはただ自分が楽しんでいただけ。それは確かだ。
けれど彼女自身も意図しないまま、教えてくれた。
剣がないときの戦い方を。
「オーミ84代国王、ライゾ・ロヴァルギス・ミュゼファンです。
皇帝陛下。」
ライゾは物静かな口調に滑らかなネツァーク語で名乗る。
「…ネツァーク皇帝アツィルナ・マルクトです。国王陛下」
女帝の返答は明らかにワンテンポ遅れた。
まるで透き通った磁器人形が話したようで、不覚にも胸が騒ぐ。
生き人形のように美しいが、鍛えた体躯は衣服の上からもよく分かる。
何よりこの煌くような躍動感にあふれた瞳は、人を惹きつけずには
おかないだろう。
「ま、あ、噂以上にお美しくていらっしゃいますね。
これならば民草が神と呼んで崇めようと天が怒ることもありますまい。」
その女帝の様子にライゾはふいっと顔をそらし、上げた視線を宙に据えた。
「女衒のような目をなさる。皇帝と名乗られたのは
私の聞き違いでしょうか。」
エルストラ曰く<そういう生意気さは大抵の女が嫌いじゃない>らしい。
案の定、初めて自動人形を見た子供のような驚きが、女帝の目に
浮かんで消える。
「まぁ。これほど華のある、凛々しくも神々しい方を前にしては
どんな女も立場など忘れてしまいます。」
軽やかな笑い声に、ライゾは少し媚びすぎたかと、心密かに舌打ちを
もらした。
「いつもそのような言葉で観賞用の奴隷をお買い上げですか?」
もう一度、女帝は軽い声で明るく笑った。
ずっと想像していた。ライゾ王とはどんな人物か。
初陣の海戦を鮮やかに勝利した王。バラゴを討ち取った少年。
敗残の兵をまとめて船ごと燃やしたライゾとは。
今のライゾはそんな風には見えない。
一見すれば、英才教育の教本をなぞる才能豊かな良家の子息。
アザト・コーヴァの報告では、武人の身のこなしで海賊のようだと聞いた。
かなりの二面性の持ち主らしい。
その両面を繋ぐのがこの眼なのだろう。
とても15の子供とは思えない、光の中にも闇を知る眼差し。
敵国に軟禁される立場にあって怯えの影も見えず、断固たる誇りと意志を
宿した瞳。清らかさとは程遠いのに、なぜか冒しがたくもある。
そしてまとった衣装は、最初はオーミのものかと見紛ったが、よく見れば
違う。ネツァークの装束を俄仕立てでオーミ風に着ているらしい。
なるほど。これがライゾか、と女帝は思った。
子供ながらに王の尊厳と男の意地を持ち合わせた少年。
そんな子が、理由もなくこうまで自分に似合う服を心得て演出したりは
しないだろう。飽くまで居丈高に顔を上げたりも。
この少年は、自分を高く見せようとしているのだ。美貌で惹きつけ、
度胸を見せつけ、知性を窺わせて、北海一の帝国の主と同じ土俵に立てる
者だと主張している。
腹芸はまだ不得手と見えるが、非凡な少年の平凡な部分は好ましいものだ。
素晴らしい買い替えができそうだと、アツィルナは大いに期待した。
「そうですね。陛下ほどの方を買い上げられるものならば、国を挙げても
惜しくはありませんわ。
アマルーとやら、望みの対価を申しなさい。」
「ありがたき幸せ。恐れながら申し上げます。
金貨で5万サーラ。それから皇帝陛下のご署名をひとつ。私の望みは
それだけでございます。」

--------------------------------------------------------

ライゾが鳥籠に軟禁されてから3日。
アツィルナはライゾをどう使うか思案中だった。
というのも、ベルカナとの共闘密約の覚書が、まだ手元に戻ってこない。
後顧の憂いを払うべくそれを盗み出すよう指示したのに、
ベルカナ敗戦から2週間、間諜からの連絡は途絶えたままだった。
このままベルカナに与していては、遠からず自分の首を絞めることになる。
しかし足元を固めずに寝返るのはもっと危険だ。
さらに恐ろしいのはオーミとベルカナを同時に相手取ってしまうこと。
アツィルナは思案の末、しばらくはライゾの存在を隠し、その間に
とりあえず先に送った間諜を、他の者に探させてみることにした。
同時に王を欠いたベルカナとオーミ、そしてもうひとつの勢力である
商業大国マクールへ、公式使節と間諜を送り、表と裏の両方から
各国の動きを探らせる。
ライゾが手の内にある限り、どう転んでも道はあるはずだ。
今のところは移送などして下手に目立たせるより、このまま港町の鳥籠に
おいておき、アツィルナは一旦首都ビルレストへ戻ることにした。
手の離せない事態は、帝国の南にもあるのだ。

一方、すぐにも首都に移送されるものと思っていたライゾは、鳥籠で
無為に3日を過ごした。
北海一の女傑をどうにかして陥落させたい。けれど肝心の相手が、
あれ以来一度も鳥籠を訪れないのではどうしようもない。
けれどこのままここを脱出できたとしても、手ぶらで帰国するのは
あまりに屈辱的なので、ライゾはアマルーとの契約を変更しようと
考えた。
夜を待ち、鳥や虫の鳴き声にまぎれて、ライゾは窓辺で呼びかける。
「アマルー、いるか」
アマルーは金貨と建国承認の署名を受け取った後、早々に国外退去を
命じられていたので、今はライゾとの契約のため、近くに潜んでいる
はずだ。
御前に。」
もう聞きなれた低く渋い嗄れ声が、飾り格子を嵌めた足元の通気口から
ひそかに入り込む。
まるでそこに顔を寄せて話しているような声の近さに驚いて、思わず
ライゾは一歩下がった。
「どこから話してる?」
「御用をどうぞ何なりと。」
「契約内容を変更したい。」
「よろしゅうございます。」
内容も聞かずに承知するとは本当に果たす気があるのかと、危ぶむ
ライゾの様子を察し、アマルーが付け足した。
「なんにせよここから陛下をお逃がしするよりは容易くございましょう」
200人が警護するウルマーロ宮は、さほど大きくない。
見つかれば捕縛されるだろうアマルーの立場であれば、それもそうだ。
「ドゥネイル地方の反乱の現状を探ってきてほしい」
帝国の南部に上がった大規模な反乱の火。膠着状態に陥っていると聞く
反乱軍とネツァーク正規軍の睨み合いは、今この時も続いているはずだ。
「元ドゥラスロール公国の残り火ですね。承知いたしました。
なれど私が戻るまで陛下はここにおられましょうか?」
「ああ、心配するな。そっちこそ、逃げるなよ」
「そのお言葉は心外ですな。私は陛下の御為になら一身を賭す覚悟で
ありますものを。」
嘘をつけ。
確かにハガラズは不思議な島だった。わずか3日の滞在で、ひと月も
休んだように体が回復した。
けれどその間アマルーは、危険な蛇の巣や一見して分からない崖など、
知っていながらライゾに言わなかった。
聞かれなかったから、と。
嫌な奴だと、ライゾは思った。
下手をすれば調べもせずに、捏造した情報を持ってきてもおかしくない。
ライゾは衣装箱から取り出した金の腕輪をひとつ、通気口から外に投げた。
「待皇の紋章が入ってる。通行手形に使え。」
売っても大した額にはならないが、身の安全は保障される。
初めからない誠意を無理に引き出そうとするよりも、安全に買える
程度の情報を、裏切られない程度の保障で持ってこさせるほうがいい。
代金の支払いが帰国後なのは了承済みなのだから。
「次第によってはおまえに払う金を、ここで稼いでいけるかもな。」
「おお、いと高きお生まれにありながら何と謙虚なお志。
感服いたしました。されば陛下のお望みのままに、我と我が身を
捧げましょう。」
アマルーの気配が瞬く間に夜に溶けて消える。
鳥籠を囲む針葉樹の垣根の内側、衛兵から見えない場所の地下に
抜け道があるらしい。
どうにかしてそれを調べておけないか考えていた矢先、福音は5日後の
昼下がりにもたらされた。
「どなた?」
格子窓の外から背伸びして中を覗く10歳すぎの少女。
ふわふわした栗色の巻き毛と、濃褐色の大きな瞳が何の翳りもなく
輝いている。
木のうろから顔を出す子リスそっくりの愛らしい少女は、小首を傾げて
屈託のない声で聞く。
「どなた?ここで何をなさっているの?」


つづきます


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国王の値段(黄金の太陽15回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

ライゾがその少女の身分を知ったのは、
それから2週間後。アマルーが戻った日だった。
「陛下」
真夜中すぎ、何度目かの密かな呼びかけに気づいたライゾが
通気口に身を寄せる。
「アマルー、いつ戻った」
「本日夕刻に戻りました。失礼ながら陛下のご手腕を拝見させて
いただきました。たった2週間で姫君とご昵懇とは、さすがと申し上げる
よりございませんな。」
「姫君?あの子のことか?」
「危うくこの抜け道で鉢合わせるところでございましたよ。」
鳥籠の外から無邪気にライゾに呼びかけた少女は、小さな体で猫のように
通気口から入ってきた。格子は外からなら間単に外せるらしい。
彼女に聞いたところでは、抜け道はウルマーロ宮の外まで繋がっている
そうだ。おそらくは領主一族の緊急脱出用に。
が、肝心の鳥籠の地下は出口がかなり狭いようだ。
試しに少女に頼んで出口の前から声をかけてもらうと、いつもの
アマルーと同じ距離感で聞こえた。鳥籠の<客>たちの話を盗み聞く
ために後付けされたものだろう。
少女には通れても、女帝より小柄なアマルーにさえ通れない抜け穴では
ライゾには無理だ。
だからといって拡張工事などできるはずもなし。それを聞いたときには
随分とがっかりもしたが。
「ああ、多分かなり高位の女官の子供か領主の親族だろう。10日前から
毎日ここでこっそり遊んでいく。いや、遊んでもらってるのは俺か。
ここは退屈だし、気が紛れるからな」
最初に来た日から、少女は毎日やってきた。
きれいな絵本や珍しい果物、美しい羽の小鳥などをもって。おそらく
ライゾ自身も、彼女にとっては目新しいおもちゃだろう。
けれど、自らの現状やこれからのことを思い、ともすれば呻吟せずに
いられないライゾの気持ちを、その天真爛漫な明るさが慰撫してくれる
ことも事実だ。
「おや、これはこれは」
アマルーはわざとらしく大げさに言う。
「まさか本当にご存知なかったので?あれは女帝陛下と寵臣の間の
姫君で、末子のティファレット様ですよ。先だって陛下もお会いになった
この地の領主にして女帝陛下の元書記官、麗しきアストール様。
表向きは教育係でいらっしゃるあの方が父上です。」
ライゾは目を見開いた。
これほど強力な根回しはそうできるものではない。
けれどライゾはその天祐を喜べなかった。
欲得ずくで利用するには純真すぎる少女だ。
あの明るい笑顔を見れば、己の考えが邪に思える。
ライゾが過ごした11歳。
船員として日々の仕事をこなし、子供だろうとミスをおかせば殴られる
こともある。全員の安全を脅かす失敗は責められるべきだから、
それも仕方ない。
傷みやすい水の代わりに酒を飲み、たまに略奪や戦闘で誰かを殺して、
エルストラとろくでもない遊びに耽る。
それが当たり前の日常だった。
ひきかえ彼女は無垢な天使にも見える。世の中の汚いものなど
何も知らぬげな憂いのない眼差し。穢してはならない聖乙女。
「…あの子が何者だろうと、宮中しか知らない11の子に
何かできるとも思えないな。」
「ほう、これは。もしや陛下はあの姫君に恋をなさったので?」
おもしろげなアマルーの声に、ライゾは気の抜けた返事を返す。
「さあ。幼女趣味はないつもりだが。」
「ご遠慮召されますな。美神のごとき15の陛下と天使のような11の
姫君。実に似合いでいらっしゃる。天の祝福を一身に受けるお二方には、
当然のごとく天与の素晴らしい恋が用意されておりましょう。」
「相変わらずよく回る口だな。くだらない世辞はいいから、
そろそろ仕事にかかってくれないか」

「これはまた、随分な珍客もあったものだ」
「陛下にお会いするのは2度目ですね。アザト・コーヴァと申します。」
軟禁から1ヶ月がたった夜半、唐突に、しかもひっそりと鳥籠を
訪ねてきた男は、嫣然と微笑んで腰をかがめた。
「ここの細工扉、開け方を知らないのはもしかして俺だけか?」
「は?」
「いや、何でもない。」
見事な黒髪と黒曜石の瞳、均整の取れた長身。
ライゾがアマルーと共にネツァークへ入国した日、領主アストールに
付き従っていた男だ。
アマルーの話によれば、昨日からミヅァスートに再訪、滞在している
女帝の寵を得て、アストール考皇の秘書官コーヴァが4人目の愛人に
昇格したらしい。
いずれ身分と役職を与えられ、首都ビルレストのシンフィエトリ宮に
我が世の春を謳歌することになるだろう。
閨房秘書官。アマルーはそう言い表した。
顔立ちだけならずば抜けて美しいということもないが、黒豹のごとき
優雅な野性味と、知的で精悍な、同時にどこかあどけない風情を持つ
アザト・コーヴァ。
伊達男というのはこういうものかと思いながら、ライゾはとりあえず
椅子を勧めた。
「で?まさか夜這いでもないでしょうに、こんな夜更けにお忍びで
お越しとは、どんなご用件ですか。ご領主の秘書殿。
いや、女帝陛下の閨房秘書官殿とお呼びするべきか。」
コーヴァは黒い瞳を丸くしてライゾの視線を捉えると、つややかに
微笑む。
思いがけなく素朴で幼い表情と、直後の色気のある笑顔。
ここにエルストラがいたらどうするだろうと、不謹慎な想像をしてしまう。
「これは陛下、手厳しくておいでですね。」
悪びれない声と、敵愾心のないくつろいだ目が、こちらの警戒心も
ゆるめてくる。
「陛下、よろしければその名ではなく、こうお呼びください。
ドゥラスロールのしもべ、と。」
ライゾは瞠目し、息を呑む。
帝国の支配を受けて百年。幾度も反乱を繰り返してきた、そして今も
争乱の真っ最中であるはずのドゥネイル地方。
かつてのドゥラスロール公国。
そのしもべを自称する男が、女帝のもとで何をしているのか。答えは
ひとつしかない。
「おまえ、ギースルか」
アマルーの報告に聞いたギースルは、ドゥネイル地方の独立と公国の
再建を目指し、諜報活動や反乱軍の先導を行う反帝国組織だ。
「さすがに陛下。よき耳と目をお持ちでいらっしゃる。」
その笑顔や声音からは、何一つ目的らしきものが見えない。
ライゾは事態の危うさに、余裕をなくして荒い口調で問う。
「そのドゥラスロールの間者が俺に何の用だ」
こんな夜中にギースルの一員と話し込んでいたと知られては、
どんなことになるかわかったものではない。
好機と思えなくもないが、主導権のない接触は望むところではなかった。
コーヴァは伏し目がちに笑みを消し、両手のひらを合わせて唇に当てる。
「いえ。別段、用というわけではないのです。」
「は?」
てんとした答えに、ライゾが身を乗り出し反論しかけると、コーヴァが
軽く首を振った。
「本当です。ここに来たからといって、急に陛下のご信頼を得られるとは
思っておりません。ただ知っていただきたかっただけなのです。
私はどなたの味方でもございません。
ゆえに陛下のお気持ち次第では、お役に立つ用意ができるかもしれないと
いうことです。」
ばれている。ライゾは毛が逆立つような気がした。この男は知っている。
ライゾがアマルーを使って情報を集めていることを。
つまりこれはドゥラスロールの独立に手を貸すなら、ここからライゾを
逃がすことはやぶさかでないという提案。
または邪魔をするなら更にオーミを追い込むこともできるという牽制。
ライゾはふうっと大きく息をつき、浮いた腰を再び音を立てて椅子に
落とした。
ここはもう腹を括って懐に飛び込み、できる限りの譲歩を引き出すしか
ないだろう。
「わかった。で、私に何をしろと?」
意を決したライゾに、コーヴァは柔らかく微笑む。
「何も。申し上げましたように、陛下ご自身にお任せいたします。」
訝しげに答えないライゾに、コーヴァは椅子の背もたれに身を預けて
更に言う。
「証拠を見せられるものではありませんが、本当です。脅迫も諍いも、
もうたくさんなんです。私はしたくありません。」
「したいしたくないの問題ではないと思うが」
コーヴァがにっこりと笑う。
「私は生来わがままな性質でして。したいことしかしたくないのです。
我が領主バーレイグは、それを許してくださいます。」
それはつまり、彼がこの場においての全権を任されているということか。
「それに陛下と揉めてしまっては、ドゥラスロールにとって良いことなど
なにひとつございません。」
「…できれば恩を売りたいと?」
「何事も陛下のお心次第です。拒否も当然、素通りならよし、
取引できればなお重畳。それが私の心得です。
夜這いを拒否されたといって相手を恨むなど、無粋なことこの上ない
でしょう?」
黒い瞳が印象的に煌く。何事もやってみなければ分からない、と。
今ライゾが発覚を恐れて一声あげれば、コーヴァは衛兵たちによって
たちまち捕らわれ、殺されるかもしれないのに。
命も危ういその賭けを、目を輝かせていとも軽やかに行うコーヴァ。
ライゾは目を細めた。
嬉しいのか、この男は。祖国の役に立てることが。目的の前には我が身の
安全さえ、そうも容易く捨て置けるのか。
独立というのは、それほどの願いなのか。
ライゾはそこに、ドゥラスロールの人々の苦難を垣間見る気がした。
その上で3つめの選択肢を用意する。
それがドゥラスロール人の豊かさなら、到底邪魔する気にはならない。
ライゾはとりあえず時間を稼ぐことにした。せめて女帝が次に接触
してくる時、あるいは事態に変化が起きる時まで。
「承知した。アザト・コーヴァは殉国の徒であり、自由の息子だと
覚えておこう。今夜はこれでお引取り願いたい。」
答えを保留したライゾが望んだ変化は、3日後に訪れた。
それも劇的に。

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未明、ウルマーロ宮に侵入者があり、騒ぎが起こった。
近づいててくる騒ぎに目を開けた女帝の寝台で、天蓋の帳を切り裂いた
暗殺の刃。それを女帝に届く寸前で受け止めたのは、隣で寝ていた
コーヴァだった。
鞘で受け止めた剣がぎりりと軋み、弾かれてよろめいた暗殺者を、
駆けつけたアストールが斬り伏せた。
「ご無事ですか陛下!」
血を吹いて倒れた暗殺者は赤毛の大女で、右手の甲に三本足の赤鷲の
刺青がある。
女帝は怒りに震え、コーヴァに女を担がせると、鳥籠へ向かった。
すると本宮から出ないうちに急使に鉢合わせる。
使者は片手で覆った右目から血を流していた。
「皇帝陛下に申し上げます!オーミ海賊団が我がランツァ湾に侵入!
港が襲撃されました!」
アツィルナはひくりと息を止めて言う。
「数は」
「全船団でございます!」
ダラテナ海戦で見せたオーミの兵力を全てとしても、それほどの数の
侵入を許したことなどネツァークの歴史にかつてない。
「なぜ、気づかなかったのですか」
「今朝の濃霧に紛れ、水音も立てずに航行し!気づいたときにはすでに
目前、兵を集める暇もなく、恐ろしい速さで!
陛下!港の望楼、軍艦、波止場はほぼ全て制圧されました!」
つまりランツァ湾そのものがオーミの手に落ちたということだ。
「副王オースィラと名乗る少女が陛下をお待ちすると。
どうかお出ましを、陛下!」
日の出前、突然に鳥籠の扉が乱暴に解錠される、高い音が響いた。
ライゾは乱れた夜着もそのままに、寝台から跳ね起きる。
扉の向こうに複数の気配と、物騒な金属音。
何事だ。
咄嗟に寝台脇の小卓子に置かれた燭台からロウソクを外し、針を外向けて
手に持つと、扉の蝶番側の壁に身を寄せた。扉は外開きで、死角がない。
隠れる場所がないなら、ここは先手必勝だ。
息を呑み、扉が開かれるのを待つ。
まもなく半開きになった扉から、大柄な人影が突き飛ばされるように
室内へ飛び込んできた。
人影は力なく、どっと大理石の床に落ちる。
ライゾの目の前で床に突っ伏して動かない人物。うつ伏せの背中に散った
濃い赤毛。
顔は見えなくても、間違いようもない。
「イェーラ!」


つづきます


5章 国王の値段 |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

シカピ

Author:シカピ
数年前、とある美声にひと耳惚れし、
そのまま声フェチに、そして
ヤンデレに行き着きました。
同じ道を通った人、いますか?

真冬以外は年中花粉症です。

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