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母なるレニエラ(黄金の太陽18回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

青く高く澄んだ空。豊かにたゆたうレニエラ河と、遠くに見える
なだらかな丘陵。
ドゥネイルは、10年に及ぶ内乱の地とは思えない美しさで
ベルダンディたちを迎えた。
一行は、現マクール領の旧マルデル首長国に入港し、
ベルダンディとヴァルキールの両名だけで上陸する。
マクールでは王都ロンパーを迂回して北西へ上り、旧テュルヴィン公国の町で
荷駄を整え、商人として国境を越えると、ネツァークに入る。
そこで人足を雇って荷駄を増やし、隊商を組んで2人はドゥネイルの
鄙びた農村集落に着いた。
けれどそこに住人はなく、打ち捨てられた田畑を覆う低い草が鮮やかな夕日に
染まり、風が渡ると燃えるように赤々と揺れる。
初夏の風が優しく髪をなぶる夕暮れ。
商人の扮装をした2人は、馬上で望遠鏡を北に向けた。
低い丘の台地の上に石垣を積み、二重の堀と二重の城壁に守られて聳える
城館と、それを囲むネツァーク陸軍の陣営がのぞめる。
ドゥラスロール公国の再建をめぐる独立闘争の、これが最終舞台だ。

「河がせき止められてるな。」
ヴァルキールの声は精彩を欠いていた。
外堀の深さは人の背丈をゆうに越え、幅は子供が徒競走できそうなほどだ。
架かっていた橋は立てこもる抵抗軍によってか疾うに破壊され、
干からびた残骸が見える。
望遠鏡の倍率を変えると、内城壁と城館の間に人が大勢いるようだ。
館内に収容しきれない兵士や、住む場所をなくした難民が
宿営しているのだろう。
「この人数で半年もったとは、よほど兵糧の備えがよかったらしいな。」
ヴァルキールのやる気のない仕草の原因は、今回の任務にある。
「まったく、王は何を考えている?」
その手から望遠鏡を受け取り、ベルダンディが筒を左目に当てた。

絹糸のように真っ直ぐで癖のない金髪と、優美な姿を持つベルダンディ。
無造作に刈った茶色の短髪と、がっしりした体躯のヴァルキール。
正反対の容姿をした2人だったが、仕事の仕方もまた正反対だ。
外見とは裏腹に、慎重で周到、着実なヴァルキール。
大胆不敵な命知らずは、より繊細に見えるベルダンディのほうだった。
オーミ王国トップ2の間諜たちは、同じ任務に就くのは今回が初めてであり、
今まで顔を合わせたこともなかった。
「なるほど。陸軍の半数というのは本当らしい。」
「間諜に表の任務を与えてどうするんだ。顔を晒せば仕事ができなくなること
ぐらい、わかってるだろうに」
「気に食わない?」
「ああ気に食わないな。この薄汚れた格好も、他国の内乱に首を突っ込む
王のやり方も、気に食わない。」
ベルダンディは望遠鏡を右にずらしたり左に動かしたりしながら言う。
「あの水路、通れるかな。
ところで君は何のためにこの仕事をしている?」
「何だ?国だの忠誠心だの言わせたいのか」
「いや。ただの質問さ。」
「金のためだ。」
「そうか。目的があって何よりだ。いいことだよ。」
その答えが少し癪に障って、ヴァルキールが切り返す。
「そういうおまえはどうなんだ」
「そうだな。ま、他にすることがないからさ。
けれど、そろそろ自分の仕事をするのも悪くないと思ってる。だから
総督の館には僕が行こう。君はここに残って、僕は内から、君は外から
ネツァーク軍を挟み撃ちにしよう。」

翌日、ベルダンディは一人でドゥネイル領主バーレイグとの対面を果たした。
城館は三階建てで、円柱形の中央棟と、連なる左右の翼館からなる。
その中央棟1階の大広間、通称円塔広間に、地下道から侵入したベルダンディは
いきなり床に穴を開けて這い出したのだ。
「何者だ!」
「ひざまずけ!」
兵士たちの剣に囲まれたベルダンディは膝を折り、駆けつけたバーレイグに
頭を垂れる。
「お初にお目にかかります。大公バーレイグ様」
2階部分は吹き抜けになったその円塔広間も、今は難民に解放されているらしい。
周囲の壁にめぐらされた螺旋階段に、座り込む人々もいる。
彼らの一様に暗く生気のない瞳が、篭城戦の苦しさを語っているようだ。
「オーミ84代国王ライゾ・ロヴァルギス・ミュゼファン陛下よりご下命を受け
まかり越しました。」
夜の寒さをしのぐには到底不十分な服。
片足のない元兵士。力なく咳き込む老人。
痩せ細った幼児を抱く、青白い顔の母親。
親を亡くしたか、ひとり冷えた眼でこちらを凝視する子供。
悲惨な光景だった。
飢えが鈍い痛みとなって人々を苛み、空虚にしている。それは全ての気力を
剥ぎ取り、洞穴のような眼差しを量産するものだ。
「対ドゥラスロール全権大使ベルダンディと申します。」
丸腰のベルダンディが差し出したライゾの紋章入り金細工の指輪と、
マクールの通行手形を、バーレイグは静かに検分する。
「確かに、マデイン細工のようですが」
バーレイグは、どこといって目立つところもない、普通の男だった。
土地と家族の世話をして暮らす農夫のような。
その口調と同じく物静かな物腰は、北の大陸に冠たる一大帝国の女主に
戦いを挑む勇猛な偉丈夫とは、とても思えない。
ただその瞳だけが、違っている。
<焔の眼>。バーレイグという名がもつ意味に相応しく。
「さて、どうしたものでしょうか。」
通行手形と指輪をベルダンディに返し、バーレイグは目を伏せた。

というのも、バーレイグの配下で女帝の身辺を探っているアザト・コーヴァ
からの連絡では、ウルマーロ宮でライゾに接触したが、はかばかしい返事は
もらえなかったと言うものだった。
それ以後何の連絡もない原因は、アザト・コーヴァである。
彼が見たライゾは、常に利他を考えていた。しかも自分自身も損害を被らない
ようにだ。それは人を治めるには良い資質だと思える。
けれどその後に接触してきたエフワズは、ただオースィラのことしか
考えていない。従者としては立派だが、主のためならドゥラスロールの
民草など、使い捨てにして一顧だにしないだろう。
したいことしかしない男は、ライゾならいいがおまえは否と協力を拒み、
ドゥラスロールの主君に報告しなかったのである。
エフワズは使えない手段を押し付けたライゾに多少の憤りを感じながらも、
他に安全な道もないことから、やむなく単身オースィラを救い出すことを
決め、ドゥネイル領を目指し迎えを待つことにしたのだ。

結局この時点でバーレイグが知っていたのは、オーミの王が妹を質に取られて
女帝に屈したという話だけで、しかもその妹は女帝の隠匿行為によって
所在も分からない。
「残念ですが」
しばらく考え、バーレイグは言った。
「今の私たちにできることは、何もありません。
何しろこの台地から、降りることさえできずにいます。」
「バーレイグ様、率直に申し上げます。
無作法ながら今の貴国に、異国の娘の救助などに関わる暇も余力もないことは
重々承知しております。」
「それは」
「救助にお手を煩わせようというものではございません。
私たちはただ、この地を通していただきたいだけなのです。
そのために私に数日の滞在をお許しいただければ、それ以上のご迷惑は
おかけいたしません。
その返礼に、荷車30台分の食料と多少の武器を用意してまいりました。」
ベルダンディはたった今、自分が這い出てきた床の穴を示す。
「この地下から続いている枯れた水路に引き入れておりますので、
どうぞご確認くださいませ。」
バーレイグの指示を待てず、兵士の一人が床下へ続く穴のような
通路へ飛び降りる。ほどなく両手に野菜を掴んで戻ると、歓声が沸いた。
けれど続いて地下通路に飛び込もうとする兵士や難民を、バーレイグが止める。
「待ちなさい!」
その眼に強い疑惑と怒りが浮かぶ。
「なぜです?それほどの金と手間をかけるなら気があるなら、何も取引相手は
私でなくてもいいはずでしょう?そう、例えば、通り過ぎてきた
マクールなら、もっと頼りがいもあるでしょうに。」
ベルダンディは浮かべた笑みを消し、視線を上げてバーレイグの目を
真っ直ぐに見た。
「お疑いは当然です。
ですがいずれにせよ貴国に害なす結果にはならないはずです。
ただ私を見ず、ここにいないものとしてくださればよいのです。
私はオーミ人ではなく、私が迎えに参ったのも、ただの町娘にすぎないと
お考えいただけませんか。」
「…無茶を仰る。
それでもし姫君の身に障りがあれば、今度はオーミが私たちを滅ぼそうとする
かもしれない。
あるいはより安全な道作りのためには、外に陣取るネツァーク軍を内から
引き入れて、早々にここを戦場でなくそうと、あなたはするかもしれない。
ここに滞在しているあなたが、実は女帝に雇われた間諜ではなく、
私たちの井戸に毒を入れたりもしない。そんな保証がありますか?
このようにネツァーク軍の囲みを抜け、いきなり床下から侵入したあなたを
どう信用できるのですか。」
しかもベルダンディは全権大使と名乗ったが、書状を携えていない以上、
それは密使に過ぎない。
結局は、そういうことなのだ。
勝てるはずもないと知りながら、知るからこそ送って寄越したのだろう
<多少の武器>。
上っ面だけの味方をし、いいように扱って使い捨てる。それは大国の
常套手段だ。証拠は残らないに越したことはない。
「…飢えて餓えた者たちならば、誰が投げる餌でも喜んで拾い上げると
お思いですか。
確かに、人は餓えれば一粒の豆を争って人殺しでもするでしょう。
それを利用しようとお考えですか?
藁を一時、案山子に仕立て、鳥の居ぬ間に実を奪おうと?
そうして案山子は藁に戻り、土に還れとでも?
尊きお生まれのお方には分かりますまい。藁くずのような命でも、必死に
生きたいと足掻いているのです。
どうぞ荷車を引いて、お帰りください。」
ベルダンディは少々面食らった。まさかこの極限状態で、食料援助の申し出を
断るとは。残った軍馬を食い尽くせば、後は餓死しかないというのに。
しかし断られて、そうですかと引き下がるわけにもいかない。
けれど、説得に口を開きかけた瞬間、背後から誰かが振り下ろす剣の、
かすかな音が聞こえた。


つづきます。


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母なるレニエラ(黄金の太陽19回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

咄嗟に避けようとして無理に体をひねったので、そのまま床に腰を
落としてしまう。
と同時に彼は足を開いて低い態勢に身を起こした。
「よく避けたな。」
ベルダンディは、目の前に立つ黒衣の女を見、思わず言葉を失う。
黒い巻き衣のその女は、見える場所全てにひどい傷跡をつけていたからだ。
肩口で切った漆黒の巻き毛。
片方しかないエメラルドの瞳。
右目の眼帯は、額から顎まで続く切り傷の通り道に過ぎず、左肩は異様に
盛り上がって大きく、右腕は枯れ枝のようで、その両方に裂かれた
ような痕が何本も並んでいる。
剣を握る左手の指は長さが不揃いで、首には点々と並ぶ鋲の痕、
その下、胸元の鞭傷はおそらく広範囲だろう。
左の頬と足には火傷のひきつれが見えた。
拷問の痕だということは一目で分かる。
「咄嗟に得物を出さないってことは、本当に丸腰らしいな。」
けれどその剣はずば抜けて鋭く、正確に延髄を狙っており、避けきれなければ
どうなっていたか分からない。
そして声音は、この沈鬱な館の中で一筋の光を見るような力に満ちていた。
「失礼しました、ベルダンディ様。私はヘルテイト。
反帝国組織ギースルの、名ばかりの長でございます。
公、どうぞこの方のお申し出をお受けください。」
「…そうできれば、どんなにか。
それでも、無理です。あなたにも分かっているはずだ。
百年続いたこの無益な戦いを、更に引き延ばすことになるだけだということは。
それで私に何ができるのですか。あと数日彼らを苦しめて何になると。
この先、彼らと共に朽ち果てる以外、何もできないと知っていて、
これ以上の苦しみを彼らに背負わせることはできません。」
「できることは、必ずあります。
何の百年ごとき。
たった今、仰ったでしょう。生きようと足掻いているのだと。
周りをご覧ください。」
ヘルテイトと名乗った女は、幼子を抱いて壁際に佇み、こちらを注視する母親を
指さした。
「あの子に食べさせるためなら、あの母親は手段を選びません。
たとえ明日死ぬ定めでも、彼らは今日生きることをやめはしない。
よいではありませんか。誰の投げる餌に食いついても。
ただ諦めて朽ち果てるよりよほどましだ。
公が許可なさらなければ、彼らは皆、この方を殺してでも食料を奪おうと
するでしょう。
この方に何かあれば、それこそオーミも黙ってはいないはずです。
ここはお受けし、次を考えるべきではありませんか。」
ベルダンディは、その緑の瞳から目をそらせなくなった。
どうしてこの状況下で、これほど力強く希望を持てるのだろう。
皆と同じく青い顔をして、これほどの傷にまみれながら、
どうしてこんなに桁外れの生命力に満ちているのか。
畏れさえ感じてベルダンディは、彼女の前に膝を折った。
それに驚いたのはヘルテイトのほうだったようだ。
「ヘルテイト。その名に意味はありますか?」
訝しげに、半歩退きながら彼女は答える。
「軍勢の中の、快い者、という意味です」
「ヘルテイト。その傷が、打ち揃ってあなたを称えるごとく、私もその名を
礼賛いたしましょう。」

ベルダンディがヘルテイトに案内されたのは、円塔吹き抜けの3階部分にある
領主の間に近い、使用人部屋のひとつだった。
「狭くて申し訳ない。他は全て難民に開放しているので、何とか
空けられたのはここだけでなんです。」
「充分です。ありがとう。」
領主の間には、前領主の遺児である11歳の少年ビァーゼが住んでいるが、
その家族のための部屋を開放するに当たって、
そこに暮らしていたバーレイグが2部屋続きの領主の間に、
入居した形になっているらしい。
この近さは監視にも最適だったろう。
「礼を言うのはこちらです、ベルダンディ様。おかげで皆がもう数日
生き延びられる。
ただ、いくつか質問してもよいでしょうか?」
「どうぞ。敬称は不要です。」
ベルダンディは部屋からつながる露台に出た。
つられてヘルテイトも夜空の下に立つ。
「私の身分は平民ですし、あなたのような方に敬意をはらっていただくほどの
何事も、成したことはありませんので。」
ヘルテイトは一瞬、口を開きかけ、やめた。
「…幾人かは、私をルーティと呼ぶ。おまえは何と呼んで欲しい?」
「君の好きなように」
「では、ドゥラスロール風にダーテと呼ぼう。」
眼下に広がるのは、外を取り囲むネツァーク陣営の、数多の篝火。
城門の内を埋め尽くす人々が使う数少ない焚き火は、ベルダンディが運んだ
食料と木炭を使ったものだ。
「あれは、命の火だ。」
それを眺めてヘルテイトは言う。
「あっちと比べりゃ風前の灯だが。
それでも間もなく死ぬはずだった者たちが、今日を永らえることができた。
そんな恩人に申し訳ないが、単刀直入に聞こう。
おまえたちオーミは、私たちをどうする気だ?」
「…君らは、忘れている。
ライゾ王は確かに年並みの少年ではないが、それでも15は15だ。
しかも育ち方が王族にしては複雑というか、平民の子のような部分がある。
例えば、女帝の鳥籠で会った君らのところの間諜、コーヴァといったかな。
それを<友達になれそうな奴>だなんて理由で、
ベルカナからヴィンダールブを割譲させる、
なんてことをするほどに彼は色々と若いのさ。」
「ヴィンダールブ?ここからなら目と鼻の先だが、なんでまたあんな土地を」
「ベルカナに穿つ一穴というやつだ。
遠からずベルカナに取り返される前提で、砂漠へ存分に水を注ぎ、
そこに住まう者たちに、ベルカナよりオーミがいいと言わせたいらしい。」
「つまりは我々にも間接的な恩恵がくる代わり、
これからもここをベルカナへの足がかりがてら、通路がわりに
使いたいってことか?」
「そういう側面がなければ大臣たちは折れなかっただろうが、
陛下本人はそうは考えてないだろう。
だからといって君らがその時を踏み台に、再び繁栄の道を歩めれば、
なんてことも考えてないだろうな。
ただ単に、ひと脈通じる奴に会った。
言葉通り<友達>なら、そいつが成そうとしていることを成すのを、
出来る範囲に無償で手伝ったとしても、市井の子供なら奇異なことではないだろう?
そんなところだと思うが。
何より、僕が素顔を晒してここにいる。それはつまり、オーミは今後
ドゥラスロールに対するほとんど全ての諜報活動を放棄するってことさ。」
ヘルテイトは緑の隻眼を見開いた。
「おまえ間諜か!?」
「もう廃業した。代替わりで、こっちも色々あってな。」
何の気負いも翳りもない声音。
ヘルテイトは彼を信用することにした。
けれどそんな方法でドゥラスロールへの接し方を示してくるライゾは、
やはり年並みではなさそうだ。
政治家の振る舞いと、普通の子供が同居する15歳。
どんな<複雑な育ち方>だとそうなるのか。
「オーミの雇用制度はよく知らんが、そんなに容易く廃業できるものなのか?」
「…死んだことにでもすればいい。」
ヘルテイトは眉尻を下げる。
「それで最後の大仕事が、荷車30台ってわけか。
にしても、あれだけの物資をどうやって運んだ?
確かに枯れた水路は通れるだろうが、馬が通れるほどは天井は高くないし、
ここの地下は迷路だったろう?」
「案内してくれた奴らがいてね。」
「何者だ?」
「マクールで荷駄を整えていたときに人足と一緒に雇った2人連れだ。
ファルマチュル商会から来たと言っていたな。
そいつらの提案で、荷車の車輪とへりに磁石をつけた。
へりの磁石を回して反発で進めたり引き合いで止めたりする。
そうやって馬一頭で引く荷車を人足一人か二人で押すのがマクール流らしい。」
「そいつら、もしかして顔のどこかにホクロをつけていなかったか?」
ベルダンディは思わず視線を城壁からヘルテイトの顔に移す。
その反応に黒と踏んで、ヘルテイトが更に質問を重ねた。
「そいつらの特徴は?
もしかしてあご髭の痩せた男と着飾った美少年じゃなかったか?」
「あご髭の痩せた男と着飾った美女だったよ。」
「男は牛みたいな大きい目と浅黒い肌で、女は縮れた黒い髪を頭頂で束ねて
噴水みたいに肩へ垂らしてた?」
「…だとしても、悪い取引じゃなかったさ。」
「ふ、はは。いや、失礼。確かに、あいつなら色も綾なす美女になれるな。
そいつらはビーク親子だ。マクール王御用達のがめつい詐欺師だよ。
残りの金袋を調べてみろ。
金貨は石に変わってる。
人足に払った金も、多分そいつらが巻き上げてるだろう。
ファルマチュル商会ってのは、マクール王直属の詐欺集団でな。
金を集められる奴なら手段も人品も選ばない。
残念ながらその美女も女じゃなくてあご髭の息子だ。
親父のほうは金にしか興味がないが、息子は宝石蒐集が趣味らしい。」
ベルダンディのしかめた眉に、ヘルテイトは彼の職業を思い出した。
「こう言えばわかるか?
ファルマチュル商会は、ケーナの灯火の傘下組織だ。」
ケーナは樹液からつくる麻薬で、特殊な香炉で燃やし煙を吸引する。
それを作って売りさばく大規模な組織がマクールにはある。
それがケーナの灯火だと、知らない者は少ないだろう。
「金を集めるファルマチュル、女を集めるラウリン、殺しを請け負うフーゲツェト、
他にもいろいろあって、
この辺りではまとめて<友の会>と呼んでいるが、
よほど地域に密着しなければ知りようがない。
その美しい金髪では、マクールに入り込むのは難しいだろうしな。」
ベルダンディは大きなため息を落とした。
「まぁ気にするな。あいつらは事故みたいなものだ。
いつ出くわすか予想もつかず、出くわしたらまず無傷ではすまない。」
「なるほど。つまり君らも何か盗られた?」
「<暁の太陽>。
握りこぶし大の柘榴石で、公国時代の国宝だった。」
と、そこへ大きな鳥が一羽、露台へ舞い込みベルダンディの差し出した腕に
とまる。
「それは?」
緊張を表すヘルテイトに、ベルダンディは鳥の足筒から抜いた連絡文を、
指に挟んで彼女に差し出した。
「見るか?」
腕に鳥をとまらせたまま室内に戻るベルダンディから、紙を受け取ったものの
ヘルテイトは読まずに返す。
ベルダンディは返された紙に目を走らせ、
「いいタイミングだ。」
鳥を寝台に下ろして、
「明日か明後日には、王女が到着する。」
小机で返事をしたため始める。
「それと、地下通路に最後の荷車が着いた。7台だ。瀝青(タール)だから、
火を近づけるなよ。」
「分かった。」
ヘルテイトは早速、室外に立っていた兵士に荷車について連絡する。
戻ってきたときには、ベルダンディは手紙をつけた鳥を、再び露台から放っていた。
「さて、ルーティ、決戦の算段をしようか。」



つづきます



追記です。
拍手くださった方、ありがとうございます。
本当に、ありがたいです。
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母なるレニエラ(黄金の太陽20回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

予定から遅れること2日。
オースィラはようやく女帝の手を逃れ、エフワズと共にドゥネイルの地を踏んだ。
「オースィラでございます。
このような夜半に汚れた出で立ちでご無礼いたします、ドゥラスロール大公
バーレイグ様。
お力添えに心から感謝いたします。」
伏し目がちの弱々しい声。よほど疲れているのだろう、心も体も。
その少女に寄り添うように立ち、右手で右手を取って左手で左肩を抱く男。
バーレイグの後ろに控えたベルダンディを見つめるその男の、
ぽっかりと空いた洞窟のような瞳は、バーレイグでさえ毛が逆立つようだ。
「よくおいでくださいました、オースィラ殿下。」
けれど少女をそれ以上怯えさせないよう、バーレイグは穏やかに話す。
「ドゥラスロールの民は殿下を歓迎いたします。
先にご到着の大使殿の隣室をご用意いたしましたので、まずはお心安んじて
どうぞお休みくださいませ。」

ヘルテイトに案内され、与えられた部屋へ行き着くまでも、オースィラは
エフワズに手を取られたまま顔をあげようともしない。
実用本位で質素な石造りの城館の中、所々の篝火が廊下を歩く2人の影を
長く引き、不規則に揺らす。
ちらりと見上げたオースィラの目に映る、エフワズの白い横顔。そこに濃い影を
刻んで篝火の光が瞬いている。
まるで何年も離れていた気がして、胸が詰まるような銀色の髪、その瞳。
手から伝わる体温に心が震える。
不意に泣きそうになるほどに。
原因はつい先ごろ気づいたばかりの、エフワズへの恋心だ。

女帝はオースィラをネツァークの懐深くに隠し、さらに数日おきに
移動させて所在を撹乱した。
そしてあわよくばの引止め作戦に19歳の次男オルグを動員したのだ。
おかげでオースィラは滞在3日目からずっと、趣味と実益と任務を兼ねた
オルグの秋波に晒されてきた。
色事の手管に長けた独身の王子は、なろうことならオーミ副王の夫の座を
手に入れようと腐心する。
オースィラはその眼差しに背筋を冷やし、そっと手を取られるにつけては
身を竦ませ、助けを待ちわび、エフワズを待ちわび、
ついにその恋を自覚するに至ったのだった。
エフワズが傍にいないことが、これほど不安で恐ろしく、心を萎えさせるもの
だとは知らなかった。
これまで己を誤解し過信し、自分の弱さも知らずに、小さな箱の中で傲慢に
振舞っていたに過ぎないと思い知った。
己の弱さに打ちのめされる中で、昼も夜も、来る日も来る日も思い浮かぶのは
エフワズで、そうすると女受けのよい貴公子が同乗する馬車旅も
苦痛でしかない。
ますますオースィラは無口になり、常に気を張って疲れた精神を休める時間も
持てず、頭痛や吐き気が起こることもしばしばだった。
すると皇子はいっそう親切になり、比例してオースィラの具合が悪化する。
喉が絞られたようで食事がまともに摂れず、熟睡できず、僅かな物音にも
神経を尖らせた。
<心配するな。ネツァーク料理はうまい。必ずすぐに迎えに行くから、
それまで気楽にして、王女らしくふんぞり返ってりゃいいのさ。>
ミズァスートの門で、別れ際に兄はそう言った。
自分はおかげで1ヶ月休養させてもらえたと。
驚異的な精神力だと、今は分かる。
移動を繰り返す、鬱々とした日々。
そして何度目かの移動の折。
オースィラは今までのような貴族用の四頭立ての馬車ではなく、軽騎兵隊に
警護された六頭立ての皇族用に乗せられる。
それは馬や御者の交代、食事や用足し以外には止まることなく走り続け、
3日目にはオースィラとオルグを目的地へ届けた。
そこは皇族たちの避寒用別荘が並ぶ、自然豊かなマベラというネツァーク南部の
町である。
「ようこそエウリア宮へ。シンフィエトリ宮には比ぶるべくもありませんが、
ここも美しい宮でしょう?」
郊外の深すぎない森に囲まれた閑静な宮の玄関ホールで、オルグは
落ち着いた天井画を見上げながら、迎える使用人たちの前でオースィラの
肩を抱く。
「ようやく姫をわが宮へお迎えできて、私がどれほど嬉しく思っているか、
おわかりいただけるでしょうか」
オースィラの背中がぶるっと震えた。
これまでは<お招き>であったのに対し、今度はオルグの宮への<お迎え>。
それは実質、愛妾として囲うという意味だ。
どうりであの豪華な6頭立ての馬車はそのための広報。居並ぶ使用人たちは
花嫁の出迎えというわけだ。
もう二度とここから出られず、エフワズにも会えないのかもしれない。
物心もつかないうちから頼みとし、心から愛した。父や兄弟に対するそれとは
違う愛で。
異母兄と聞いてもそれは変わらず、ガラドラルに嫉妬し、オルグに拒否反応を
起こして気づいたのだ。
これは恋だったと。まず愛し、次に恋した。
それなのに、もうここから出られない。
オースィラの、握り締めた手が震え、涙が浮かぶ。
手のひらに強くつめを食い込ませた手を、オルグはそっと両手で包んだ。
「泣かないでください。
私はきっと誰より姫を幸福にすると約束します。
ですからどうか私を拒否しないでください。
あなたに仕える惨めな奴隷の恋心を、どうぞ哀れんでお許しください。
ここをご自分の宮と思し召されて、どんなことでも私にお申し付けくだされば
それは私にとって至上の喜びになるでしょう。
愛しています、心から。」
オースィラは与えられた豪奢な部屋で泣き伏した。
その逢魔が時、宮に火が放たれるまで。
その火事騒ぎに乗じて押し入った強盗団は、オースィラの目前で家人を
数人斬り殺した。
飛び散った鮮血に、恐怖のあまり意識が途切れ、目覚めたときには
走る馬の上にいたのだ。
咄嗟に暴れて悲鳴を上げたオースィラを、手綱を取っている馬上の男が
片手でぐっと抱え、押さえ込んでくる。
「私です、殿下。」
エフワズ。
「エフワズ」
オースィラはこらえきれずにわっと泣き出し、その体にしがみついた。
この腕の中でなら、死んでもいいと思いながら。
その夜、南風にあおわれて森にも飛んだ火が、三日三晩かけて
エウリア宮を全焼させたころ、2人はドゥラスロールの館に到着したのだった。

「では、女帝と会ったのは最初に一度だけなのですね。」
心なしか、苛立ちがにじむエフワズの声。
バーレイグの館の案内された部屋で、オースィラは長椅子に座り、腕を組んで
傍らに立つエフワズを見上げた。
馬上での再会から今まで、エフワズは必要最低限しか口を開かない。
オースィラにだけ読み取れる彼の表情も、なぜか不機嫌だ。
オースィラが何度も名を呼んで泣いていた馬上でさえ、彼は慰めることもなく、
ただ舌を噛むので歯を閉じているようにと言っただけだった。
エフワズを兄だと思ったことは一度もなかったが、
再会してからの彼は、違う意味で別人に見える。
オースィラはうなだれた。
もしまた会えたら、きっと言おうと思っていたのに。好きだと伝えようと。
なのに今になって言葉も出ず、ただ彼の尖った声に怯えている始末だ。
私は何か、よほどまずいことをしてしまったのだろうか。
「ではオルグとは、何を話しましたか」
オースィラが首を横に振るだけで答えずにいると、エフワズの声がさらに
怒気を含む。
「オルグは殿下に何を言い、何をしましたか。馬車に乗せ、宮へ閉じ込め、
それから?」
オースィラはうなだれたまま、つぶやくように答えた。
「何も」
「それは本当ですか」
オースィラはちらりと上目遣いにエフワズの瞳を見上げると、切り込むような
眼差しにびくりと体を引きつらせ、再び視線を逸らせた。
鬱屈した、懐剣のような鈍い光が瞬く瞳。
オースィラへの愛、自身への呵責、オルグへの怒りをもてあまして、
エフワズは自己制御しかねていたのだ。
オースィラは頷く。
エフワズに恐れを感じたのは生まれてはじめてだ。
底光りする冷たい怒りが恐ろしい。
それでもこの男が愛しい。血の禁忌などどうでもよくなるほどに。
「ではなぜそんなに怯えるのです。私が怖いのですか」
唐突に両手首を掴みあげられ、腕の中に引き寄せられて、オースィラは
思わず息を止める。エフワズの胸にぶつかった顔を上向けると、ひとりでに
涙がにじみ、唇がわなないた。
「エフワズ」
手首を掴まれたままの両手でエフワズの服を握り締める。銀に光る薄い灰色の
瞳に間近から射すくめられ、眦から落涙するのを感じながら、オースィラは
絞り出すように何度も呼びかけた。
「エフワズ」
愛してる。罪も罰も怖くない。
「エフワズ」
ただ彼を失うことだけが恐ろしい。
エフワズは、こらえきれずにオースィラを抱きしめる。
焦燥と嫉妬が混じる暗い怒りを、なお上回る愛しさに、強く、
体の内に仕舞い込むように深く抱擁した。
そして想いは食い締めた唇の奥から、堰を切ってあふれ出す。
「どうして、知らない者を見るような目で私を見る…!
あなたは、言ってくれたのではなかったか。それでも私を愛すると」
オースィラの変化に、怯えていたのはエフワズの方だった。
それに気づくと、オースィラの喉に詰まっていた言葉が唇からこぼれる。
「それでもあなたを、愛します」
彼の背中にしがみつき、胸元に埋めた顔を上げると、唇がオースィラのそれに
押し当てられる。
体温と共に流れて染み込むエフワズの想い。
誰が言ったのだろう、この男が冷たい死神だと。
冷たい人間が、こんなに優しく、こんなに熱く、人を抱きしめるはずがない。
抱擁と同じく思いの丈をこめた口づけは、オースィラを狂おしく惑乱する。
どう応えればいいのかも分からないまま、オースィラは熱に浮かされるようで、
エフワズに支えられ、立っているのが精一杯だった。
背中を走る甘い痺れと、胸を引き絞る切なさに身を任せ、不意に膝から力が
抜けても、かき抱かれた体は落ちない。
そのままオースイラの意識が恍惚とした安心感と、蓄積した疲労に霞むまで、
エフワズは彼女を抱きしめ続け、口づけを繰り返した。
「お休みください。ここでずっと、お守りしていますから。」
誓詞のような囁きにいざなわれるまま、心身が弛緩し眠りに引き込まれるのを
感じながら、ふとオースィラは思い出した。
彼が眠っているのを見たことがないと。
「いつか、私の隣で眠って…」
魂に馴染んだ孤独の飢渇を、いとも容易く癒してくれる愛しい少女。
エフワズは額にそっと唇を押し当て、彼女を寝台に横たえる。
「…いつか」
そのためにも今は、やるべきことがある。
決戦2日前。
オースィラが眠りに落ちるのを見届け、エフワズは剣を抜いた。


つづきます


7章 母なるレニエラ |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

シカピ

Author:シカピ
数年前、とある美声にひと耳惚れし、
そのまま声フェチに、そして
ヤンデレに行き着きました。
同じ道を通った人、いますか?

真冬以外は年中花粉症です。

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