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めざす未来(黄金の太陽28回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

オースィラとオルグ皇子の縁組を正式に申し込むべく、ネツァーク使節が
王都に太陽殿を訪れたのは、湖に薄氷が張り始めた冬の朝だった。
「陛下、ネツァーク大使ご一行6名、お着きでございます。」
朝食を済ませ、午前中の謁見のための着替えを侍従長ハルバから
預かってきた召使に、市井の流行歌を習いながら自分の音痴ぶりに
大笑いしていたライゾ。
口元に笑みを、瞳に戦意を浮かべた女官長ピナの知らせに
召使をさがらせる。

皇子と王女の結婚を打診した先日のアツィルナ・マルクトの手紙に
ライゾは<お話を伺う>旨だけを使者に言伝し、返事を書かずに送り返した。
そうして父の遺言を読んだ日から今日まで、国内の整備にのみ心を砕き、
国の将来図を頭に描いて、それを繰り返し推敲し練り上げることに
時間を費やした。
予言を知り、なぜかかえって将来のことを考えるようになった。
誰にも訪れる死であれば、己のそれも禁忌ではない。
個人の生死にとらわれていては、その先は描けない。
かつて海の父イングスに教わった。
命をかけることと、命を投げ出すのは正反対のことなのだと。
己を顧みずつとめることが、結局自分自身や、大切なものを守ることになる時もあると。
そして陸の父から託された願い。
予言されたからといって、何も必ずその通りに死ぬ必要はない。
まして自刎しようなど考えもしない。
ただ予言をもってライゾは再認識した。
跡継ぎのない王にも、死は訪れることがあると。
そう思った瞬間、心に光が差すように、彼の中に目標が見えたのだ。
運命に流されず、歴史に呑まれず、誰の死によっても揺るぐことなく栄える国。
そこへの一歩を、最初に踏み出す。
死期を予言されたことで、かえって王としての夢をライゾは描き始めた。
今日ネツァークからの使者を、その最初の証人にする。
「ピナ、もう全員揃っているか?」
「はい陛下、オースィラ殿下とサロワ・エフワズ、サロワ・イェーラと
マンナズ様、ヤルル様とアルヴィース様。
皆様お揃いでございます。」
その顔ぶれが意味するものはひとつ。
ミヅァスートの門だ。
ライゾはあのミヅァスートの門で行われた会談という名の人質交渉を再現し、
そこで属国同然の現状を変えるつもりだった。
手紙に返事を書かなかった以上、女帝もまた精鋭をもって臨んでくるはず。
人を揃え、地の利を生かして全力で迎え撃つ。天の時が味方してくれることを
祈りながら。
「で、使者の代表者は誰だ?」
「伺皇アザト・コーヴァ様でございます。」
束の間、ライゾは目を見開いた。
「…あいつが」


謁見の間に設えた席にライゾと6人が着くのを、使節団は床に膝を折って待った。
ライゾは伝統的な濃紺の衣装に戴冠して入室する。
海を愛したかつての少年は強烈な存在感をそのままに、今や風格を備え始めた
凛々しい青年王としてそこに座す。
その姿を伏せた視界に捉えて使者たちは、深々と頭を垂れた。
「ご尊顔を拝し恐悦に存じます。我が皇帝よりの親書と贈り物を
御前に奉るために参じました、伺皇アザト・コーヴァと申します。」
上げた顔は確かにアザト・コーヴァ。
優雅な野生を思わせる引き締まった長身、艶やかな黒髪と黒曜石の瞳を持つ男。
アツィルナ・マルクトの4人目の愛人にして秘書官。
そして件の鳥籠で出会ったドゥラスロール公国の間諜。
ライゾは考えた。
アツィルナ・マルクトがなぜ彼を使者に選んだのか。
負傷したイェーラの治療に手を尽くした男なら、ライゾが拒絶しないと見たのか。
確かに彼は決して人を不快にさせず、しかも才能豊かで抜け目がない。
使者の仕事には向いているだろう。
が、彼は間諜という立場にあった人物。
公国の独立が果たされた上は、疾うにネツァークから退散していてしかるべきだ。
それが現在も女帝の許に地位を保っているということは、
何か別の目的でもあるのか。
ライゾは微笑し、使者たちに着席を促した。
「遠路をご苦労でした。皇帝陛下のご機嫌はいかがかな?」
公国はまだコーヴァを必要とする事態にあるのだろうか。
「はい、ライゾ王陛下、おかげさまにてお心平らかにお過ごしでございます。」
ライゾはゆったりと身を乗り出した。
「先ほどから思っていたが、私とコーヴァ殿の間でそのような物言いは
少し他人行儀に過ぎませんか。一度は夜這いにさえきてくれたものを。」
あの鳥籠で、コーヴァは自ら身分を明かした。
自分はドゥラスロールの間諜だと。
今もそうかと、ライゾは聞いている。コーヴァにだけわかる言葉で。
一年前のライゾからは思いもよらない口ぶりに、コーヴァは目を瞬かせた。
2人の関係性がつかめず、他の使者たちが目を見交わして口を閉ざす。
彼らに知られず質問に答えるべく、コーヴァは視線を伏せた。
「とんでもございません陛下。お人違いでございましょう。」
ドゥラスロールのしもべではない、ということは今度こそ女帝の手駒として
オーミに来たのか、あるいは二重間諜か。
「では私とともにあの夜を過ごしたのは、あなたによく似た…そう、ご兄弟かな」
「私に兄弟はおりませんが、」
コーヴァは艶やかに笑った。
「陛下のお求めとあらば、今宵ご寝所へ忍んで参りましょう。」
誰も本気にしない、くだらない冗談。
誰の味方にもなりうるという返事は、以前と同じようだ。
ライゾは姿勢を正す。
「やはり人違いのようですね。…失礼を、コーヴァ殿。」
会釈で答えたコーヴァの指示で右端の男が席を立ち、筒に丸めた親書と
金の小瓶を乗せた銀盆を差し出した。
「我が皇帝よりの親書でございます。添えましたるは我が国の特産、月仙花にて、
我が皇帝よりライゾ王陛下へのご挨拶でございます。
お納めくださいませ。」
月仙花はネツァークの限られた地域にのみ生育する花から作った希少な香水で、
倍の重さの黄金と引き換えられる貴重品だ。
「合わせて持参いたしましたこちらの櫃は、オルグ皇子よりオースィラ姫への
贈り物でございます。」
もう一人の男が小ぶりな櫃の蓋を開けてみせる。
淡紅色の絹で小花を地模様に織り出し銀糸で刺繍を施したネツァーク風の
ドレスと、それに合わせて意匠されたルビーの装飾品一式が収められていた。
花嫁衣裳とも見紛う見事さに、ライゾは穏やかに微笑んでみせる。
これを受け取ることは、承諾の返事も同然だ。
この屈辱的な立場のままで、妹を輿入れなど、死んでもさせない。
当初ライゾはすぐに親書を読み、内容によってはこの場でオースィラとエフワズの
婚約を告げるつもりでいた。
婚約を知らせ、返ってくる彼らの反応から突破口を探る。
祖国を取り戻すための。
そのための条件をいかに買い叩くかが、この交渉の肝心要なのだ。
しかし使者がコーヴァなら話は別だ。
ここは時間を稼いで彼を泳がせ、探りを入れて策を立て直すのが妥当だろう。
ライゾは僅かにイェーラと視線を交わす。
その一瞬、全員がライゾの意志を汲み取った。
イェーラの視線を受け、アルヴィースが進み出て銀盆を受け取ると、
後方に控えた記録係を呼び寄せて銀盆ごと親書を手渡す。
ライゾにこの場で開かせないために。
櫃はヤルルが預かって運んだ。
「親書とご配慮の品、確かにお預かりしました。
この礼に応えて、今日はゆっくりお疲れを休めていただき、
明日の夜、あなたがたを歓迎の宴にお招きしたい。」
使節団の宿舎には、ベルカナ王ガラドラルの滞在場所に充てていた搖神殿を
使う予定だった。
ソウェルとオースィラも月神殿に移ったままなので準備に手間もなく、
グリームニルの大きな迎賓館より監視も容易だからだ。
が、それでは彼らも尻尾を出さないだろうと考え、ライゾは変更することにした。
「ただまことに申し訳ないが、グリームニルの迎賓館は修理中なのです。
別の館に後ほどご案内いたします。
親書についてはよくよく検討の上お返事申し上げますので、
それまでごゆっくりご逗留ください。」

「イェーラ、おまえの家、借りるぞ」
先王アルギスより神官の資格とともに彼女に下賜された館。
彼女がそこに滞在したのは、フェフを処刑する前のひと冬だけだった。
専ら管理人任せにしているそこなら、搖神殿のような物々しい警備もなく、
程よい美しさと大きさで監視もしやすい上、アトリ神山を下りて神殿から
いい具合に離れている。
彼らの動きを誘えるかもしれない。
そして、アザト・コーヴァ。
彼は間違いなく今夜、ライゾに接触してくるだろう。
「それは結構ですが、陛下、やはりお考え直しにはなりませんか?」
イェーラの瞳が不安げに瞬く。
彼女が言うのは、ライゾが事前に側近たちだけに示したある提案のことだ。
どうしてだ?
俺に子種がないってのが本当なら、なおさら都合がいいだろ。」
読み解かれた予言をケセド・アマルーが補足した。
それはフェフの処刑の日にライゾが受けた植物毒のせいだと。
ライゾは宴会のための指示書をしたためながら、実に沈着に話した。
「それなら王国の跡継ぎに異国の血は混ざらないし、ティファレット姫は
まだ12歳だから、女帝は娘のありえない懐妊まで3年、いや5年でも
黙って待つだろうし、オーミとネツァークが対等な立場で結んでいる間は
どこのどんな国も手の出しようがない。
その間にこっちは色々できるしな。」
「ですが陛下、その子種に関しては可能性でしかありませんよ。」
指示書を待つアルヴィースもまた冷静だった。
「もしティファレット姫がご懐妊なさったら?」
ヤルルの問いに、ライゾは何でもないことのように答える。
「その日のうちにソウェルに譲位すればいい。」
「それではオースィラ様は」
「織り込み済みだ。聞いてみたんだけどな、王位は要らないって。」
ライゾは思っている。
もしもオースィラが、エフワズを兄としてのみ愛したなら、こんなことには
ならなかったはずだと。
誰に向けられるどんな愛でも、受け入れられずにはいられないエフワズを
彼女は男として認識し、凶器のような愛を向けた。
だからエフワズは彼女を女として受け入れ、その刃をも受け入れることにした。
そうすることしか知らない男だから。
その婚約は時期を見計らう目的で、まだ国内でも秘密だが
2人はすでに夫婦としての暮らしを始めている。
ヤヴンハールが主の部屋に昼夜つめることなど珍しくもない習慣のせいで
誰も不審に思わないが。
彼らを王位には据えられない。
互いが互いを、国より人より大切に思う彼らを。
だからライゾは2人の結婚を、王位継承権の返上と引き換えに許した。
できた指示書をヤルルとアルヴィースに渡すと、彼らは一礼して退室する。
後に残ったイェーラが、何ともいえない目でライゾを見た。
「…陛下、私は」
「分かってる、おまえの言いたいことは。」
「分かってる? 本当に分かってるのか? 自分が何を言ってるか、分かってるのか?」
子種がない、と言われて傷つかない男はいないだろう。
まるで欠陥品にでもなったように、我と我が身を貶めたくなる。
或いは衝撃のあまり、自棄になってしまうこともあるだろう。
女や結婚の話なんて、雄の矜持をさらに痛めつけるだけだ。
そんな負い目をも国家のために利用する。恋も知らない若い王が。
それが哀れで言葉も続かない、イェーラにライゾは笑んで答えた。
「ティファレット姫は明るくて穏やかで、欲のない姫さんだった。
俺は嫌いじゃないよ。
姫さんも俺を物語の王子様になぞらえていたから、嫌われちゃいないだろ。
それにこの話は、飽くまで最終手段だ。
交渉次第で言い出さずにすむならそれでいい。
その時は、おまえが王妃になってくれ。」
いきなりかえられた話の矛先に、思わずイェーラは目を丸くした。
ライゾの瞳が、真っ直ぐにイェーラを捉える。
「あの石版を覚えてるだろ?
霙の降る夜、グリームニルのおまえの館へ行った。
おまえは毛皮で俺を包んで、温めた蜂蜜酒を出してくれた。」
忘れない。
人恋しかった船上のように、抱き合って眠った最後の夜。
ライゾに託された石版には、執政不能になった時は、イェーラを王妃として
代理を任じると書かれている。
忘れるはずもない。石版は今も手元にある。
「俺はそのつもりだ。
来年死ぬと言われようと、子種がないと言われようと、例えばどこかの
見たこともない姫と明日結婚しろと言われても、
おまえがいれば耐えられる。
おまえが、おまえだけがいれば、俺は全てに耐えられる。
だから、おまえはもし俺が他の姫と結婚しても、一生そばを離れるな。
それで俺が王妃になってくれと言ったら、絶対に断るな。
子を与えてやれない夫に価値があろうとなかろうと、おまえだけは
俺のそばにいろ。」




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めざす未来(黄金の太陽29回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

ひと時も目をそらさず、息苦しいほどに見つめてくる。
まるで自分自身を、相手に焼き付けようとでもするように。
それは幼い頃から変わらない、彼の癖。
ひどく不安な時の。
この瞳に、言える言葉があるとすれば。
「…王妃も奴隷も同じこと。私にとってはただの呼び名だ。
私は、おまえのヤヴンハール(二番目の命)だ。
この血も肉も命も、魂もおまえのものだ。
いつか私が死んでも、必ずおまえの元へ戻ってくる。
日の宮でも闇の園でも、おまえのいる場所が私の国だ。」
ライゾが伸ばした手のひらを、イェーラは強く掴む。
通い合う体温が彼への答えになればいいと、想いを込めて。
願うままに受け入れてくれることを信じ、ライゾは目を閉じる。
「ああ。そうだったな。
おまえは誓った。初めて会った日にも、俺が最初に人を殺した日にも。
…フェフを殺した日にも。
おまえは、誓ったんだ。
だから俺は立っていられる。今も、これからも。
ソウェルが85代国王になってくれるまで。」

不意にイェーラの声音が変わる。
「そのソウェル殿下だがな。」
ライゾもその声に合わせて即座に切り替えた。
「どうした?」
「ヤヴンハール・トルドから報告がきている。アサ王太后のことだ。」
夫であるアルギス王が亡くなって以来、彼女は月神殿の離れにこもっている。
花の谷と呼ばれる美しい庭園を擁する小離宮のようなものだ。
誰にも会わず、話もせず、ライゾやオースィラが見舞いに行っても、
いつも女官が答える。
「王太后さまは頭痛がするのでお会いできないと仰せです。」
彼女が扉の内に入れるのはただ一人。末の王子ソウェルだけだった。
けれど母に会えない心寂しさにライゾは頓着していられないし、
オースィラは今エフワズとの暮らしに夢中になっている。
自然とライゾたちの足は遠のいていた。
「トルドが言うには、アサ王太后がソウェルを放したがらないあまり、
ソウェル殿下の日課に影響が出ているそうだ。
トルドが迎えに行くと、扉に閂をかけさせて殿下を出さないように
なさるらしい。
殿下への影響はもちろん、あまり閉じこもっているのはアサ王太后の
心身にとってもあまり良くないのではないかとな。」
母親とはいえ弱く優しい女だから、手元で育てたソウェルが慰めになってくれる
だろうと思い、母を頼むと弟に任せていたが、やはり任せきりというわけにも
いかないようだ。
「そういえば、しばらく見舞いにも行っていなかったな。
分かった。一度お話に伺おう。」
ライゾ自身の即位の折、誓約式で血染めの短剣を差し出したフェフの前に
立ちはだかり、姉を守ろうとしたソウェルの姿を忘れない。
激情に耐える鉄壁の意志を見せた、わずか5歳だった弟。
父の遺言にも認められた彼の資質を、何にも妨げさせはしない。

「ああ、それから、イェーラ」
やるべきことは山積し、時間はあまりに足りない。
「世界王の騎士について、何かわかったか?」
ケセド・アマルーが解読した二人目の死神、イェーラはその調査をヴァルキールに
依頼していた。
「ベルカナ王バラゴがかなり上位でそれに加わっていたのは間違いないようだ。
結社に決まった拠点はなく、推測される構成員はほとんどが王族や大貴族。
それだけに潜伏も巧妙だし手も出しづらい。
はっきりとした調べがつくのはすでに滅んだ国家や消えた王家の者たちまでだ。
名簿があったらしいが、奪いに行った三人のうち二人は戻らず、
名簿は火中に投じられてしまったという報告を最後に、残る一人も行方不明。
よって各国の今の権力者の中にどれほどのつながりを持つのか、
全貌を知るのはかなり難しいだろう。」
「バラゴが総帥だったとして、後を継いだのは誰か見当がつくか?」
「息子のガラドラルでないことは確かだが、調査中だ。」
「そう、か。そのベルカナだが、
オーミとネツァークの間に使者が行き交っているのは知ってるだろ。
何か動きはないのか」
ベルカナが現状を黙って見ていられるはずはない。
が、ガラドラルに何事かを起こせるとは思えない。起こすとすれば。
「以前こっちに送ってきた親書の作成者を見張らせてはいるが、
まだこれといった動きはないようだ。
どうもベルカナ国内でガラドラルの支持が上がっているらしい。」
ライゾは片眉を吊り上げる。
「どういうことだ?」
ベルカナは男尊女卑の風潮が強い国だ。
武人の誉れ高い男を王に戴くことに慣れた民が、ひ弱な同性愛者の王を
そう簡単に受け入れるとは考えにくい。
「女系制の多い西の海域ならともかく、ベルカナはそれほど理解ある国だったか?」
イェーラが肩をすくめる。
「何もしないことが良かったんじゃないのか。
ガラドラルはどうしても必要なとき以外は会議にも顔を出さず、出ても
皆様方のよろしいように、としか言わないらしい。
出てこなければ叩きようもないからな。
愛人たちとも手を切ったそうだし、普段は部屋でおとなしく花を愛で
刺繍や詩歌をたしなみ恋文を書く。
まるでなよやかな姫君のようにな。」
「待て、愛人と手を切った? まさか、エフワズのためか?」
「そのようだ。」
ライゾは気味悪げに目を細める。
「それは、随分と惚れられたな。」
「それにガラドラルが衣服や美食にとめどなく金を使うおかげで、
農業だの織物産業だのがうるおうほどだそうだ。
しかもダラテナ海戦のような恐ろしい目には二度と遭いたくないと
戦の話には頑として首を縦に振らない。
よって女や農民には、そこそこ評価される。」
「…世の中何が幸いするかわからないな。」
「無論その一部の支持も、恋文の宛先がエフワズだと知れればたちまち売国奴、
急降下するだろうし、
王が何もしないがために貴族どもが専横をふるって
困窮した地方の下層民は、オーミが治める砂漠の都に楽園の噂を聞きつけて
ヴィンダールブに逃れてくること頻りなら、あの町の許容量を越える日も
そう遠くはない。」
ダラテナ敗戦の代償としてベルカナに割譲させたヴィンダールブ。
貧困と犯罪に沈む不毛の土地も、かつては通商で栄えた都だった。
国境を接するドゥラスロール公国の農産物、ネツァークの工芸品、マクールの
織物、ベルカナの鍛冶製品などで賑わった町。
以前と同じとまではいかなくても、ドゥラスロールは独立戦争の痛手から
立ち直りつつあり、マクールから道は新たにつけられた。
犯罪者は一掃され、商人以外の住民は免税され、門は開かれている。
ベルカナに、そしてネツァークに穿つ一穴として、ライゾはヴィンダールブが
再び繁栄を取り戻すまで、ドゥラスロールごと支援することに決めた。
「おかげでかの地に投じる予算が増える一方だとヤルルがぼやいてたぞ。
あの金食い虫は巨費を投じるには見込みがなさすぎるってな。」
「仕方ない。中途半端に放り出すとかえって恨まれかねないと
アルヴィースに言われたからな。
…ヤルルに新しい商売のネタでも探してみるか。」
ライゾは息をつき、少し考えて決めた。
「わかった。
そういうことならベルカナも今は秘密結社どころじゃなさそうだ。
一応の見張りだけ残して、その調査はもう打ち切れ。」
「いいのか?」
「すでに三人行方不明なんだろう?
所在も知れない怪しげな集団にこれ以上かかずらって犠牲者が増えるのも
馬鹿らしい。」
「それなら身辺警護の兵を増やしたほうがいい。」
「それも必要ない。」
ライゾは頭を振る。
起こることは全て受け入れると決めた。何からも逃げず、未来を恐れず、
精一杯に目を見開いて、できる全てを行うと。
「太陽殿はこのままでいい。
その分ソウェルの身辺に目を配ってくれ。搖神殿には留守居の奴隷だけ残して、
衛兵は全て月神殿に移す。
しばらくは新しい雇い入れもするな。どうしてもって時は月神殿の仕事に
留めさせろ。」
イェーラは不思議な感慨をもってライゾの双眸を見た。
この主は、いつの間にこんな眼をするようになったのだろう。
紛うことなき君主の眼。曇りはない。気負いもない。ましてや欺瞞などでは。
こんなことが、できるのか。
死期を踏まえてなお未来を目指す。これが本当に16歳の業だろうか。
「心配するなイェーラ。
俺もこれからは神殿内でもずっと帯剣することにする。
ちょうどヒワの親方から新しい剣も届いてるしな。
おまえもずっと右手の訓練を続けてるんだろ? 指が二本動くなら可能性はある。
剣は2本届いたから、一本はおまえにやるよ。」
猛々しく自由な海賊の心で、君主としての夢を見る。気高く、諦めず、情深く。
もしかして、オーミはこれまでにない、偉大な王の時代を迎えるのではないか。
そんな望みに、イェーラの背中がぶるりと撓った。



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めざす未来(黄金の太陽30回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

数千本の蝋燭と、巨大な暖炉に照らされた多目的室は、昼のように明るい。
床に敷き詰めた分厚い毛皮は、ピナが大急ぎで神殿中からかき集めてきた。
ネツァーク大使一行をもてなす宴会は、多くの小間使いたちも動員し、
贅を尽くしたものだった。
来ると聞いた日から食材を集めたオーミの名物料理や天の美禄。
が、それらが所狭しと並ぶ長方形の座卓と、それを囲む座椅子代わりの
クッションは、急遽ライゾが指示したものだ。
身分や役職に関係なく同じ高さで食卓を囲むことの効果を、
ライゾは船上の酒盛りで覚えた。
ただし上座の3席だけは、ある意図を持って特別大きなクッションが
置かれていたが。
その計画にあわせて使う部屋も太陽殿小広間から、真珠の間と呼ばれる
多目的室に変更され、宴は当初の予定より小規模なものとなった。

前夜、予告通りにアザト・コーヴァは月神殿にライゾの私室を訪れた。
「寝所で男の来訪を待ったのは初めてだ、コーヴァ殿。」
「ご無礼をお許しください陛下。」
コーヴァは笑みを漏らす。
ひと目で変わったと判るライゾの雰囲気。
たった1年の間にすっかり支配者然として、気をつけなければ呑まれて
しまいそうだと感じながら、呑まれてみるのも悪くなさそうだと思う。
コーヴァは笑みを漏らした。
ライゾが不思議そうにその視線を捉える。
「失礼を、陛下。ただ貴方様のような王にお仕えできたら、楽しそうだと
思ったのです。」
ライゾに招かれるまま、コーヴァはライゾの示した椅子にかける。
「お聞きしたい。」
「陛下のお望みのままに、真実だけをお答えします。」
「あなたはまだドゥラスロールの下僕か?
それとも身も心も女帝に捧げた閨房秘書官か」
「かわりばえもせぬ答えで申し訳ありませんが、どちらでもございません。
陛下のお心次第でございます。」
相も変らぬ恬とした返事。それが逆に悟らせる。今も彼が命がけの綱渡りに
あることを。
脚に肘をついて身を乗り出し、両手の指先を唇の前で合わせる。
話をするときのコーヴァの癖だ。
「…そうか。いつでも命がけだな。」
ライゾは少し、くつろいだ声で言う。
「呆れておいでですか?天与の命を粗末にする慮外者と」
「いや。ただ不思議に思う。なにがそうさせるのかと」
「私とて、命がいらないわけではありませんよ。
以前に申しましたように、偏にわがままな性格ゆえ、私はしたいことしか
したくないのです。
そして我意のままに生きていれば、命に構っていられないような事態に
陥りやすいというだけのことで。」
人当たりのよさからすれば意外なほどの見上げた頑固さだ。
ドゥラスロール人というのは、総じてねばる性質らしい。
それは決して楽なことではないだろう。
「辛くないのか?」
コーヴァは口元だけで微笑んだ。
「…人生は華でございます。試練はそれを美しくする尊い糧でございます。
そう思えば、重なる苦労も愛しくはなりませんか?」
「なるほど。で、今はどんな事態で何の苦労を?」
「実は私はアツィルナ様に看破されてしまったのです。
この身は彼女の寝台にあっても、心はドゥラスロールのものであると。」
ライゾは目を瞠る。
間諜だとばれて生きていられる者がこの世にいるとは。
「アツィルナ様は、そんなにドゥラスロールが恋しいなら私を女にして
ビァーゼ公の寝台に送ってやろうと大変な剣幕で」
一瞬よぎった想像に、ライゾの表情が強張った。
「ああ、ご心配には及びません。私はまだ暦とした男です。
それで、女にするのをなんとかお許しいただいたかわりに、監視付でこの役を
仰せつかったという訳です。
つまり私は是が非でも陛下の色よいお返事をいただいて帰らなければ
今度こそ身の破滅というわけで。」
なぜ女帝はコーヴァを寄越したのだろう?
ライゾは少し不思議に思った。
つややかな黒髪を揺らし、コーヴァは微笑む。
野生的であどけない笑顔は、確かに女にとって魅力的だろう。
だからといって、どうしても敵の間者を使わなければならないような
人材不足はしていないはずだ。
何も言わないライゾに、コーヴァは続ける。
「とはいえ陛下には大恩を被りましたる身でございます。
陛下のご友人の血をも犠牲にいただいた独立の調印のみならず、今現在も
我が同胞たちは陛下の治めるベルカナの地、ヴィンダールブからの恩恵に
浴しております。
ですからここで陛下に無体を申し上げるつもりは毛頭ございません。
そこでひと足お先に陛下のご返答をお聞きし、次第によってはこのまま
逐電しようと考えております。」
コーヴァの口から出たものでなければ、到底信じられないあけすけな
話しぶりに、ライゾは女帝の心積もりを見た気がした。
彼女は知っているのだ。
どちらに転ぼうとコーヴァは決して彼女に不利益をもたらさないと。
ライゾは頬杖をつき、姿勢ごと声と態度を崩した。
「逐電か。できるものならなぜ公国の独立後にまで長々とネツァークに
留まったんだ?
それがしたかったとも思えないが。
女帝に人質でもとられているのか?それとも単によくよくの女好きなのか?」
コーヴァは黒い瞳を数度瞬かせ、笑みを広げる。
「お優しい陛下、人質はおりません。
どちらかと申せば後者かと。ただ私はあの方がお可哀相で。」
ライゾは我が耳を疑う。
「お可哀相?それはあの女帝のことか?」
「御意にございます陛下。あの方は、本当はお寂しいのです。」
あの女が寂しがるような繊細な神経を持ち合わせてなんかいるものかと
ライゾは顔をしかめる。
「アツィルナ・マルクト様はライゾ様と違い、親友や臣との絆に支えられた
王ではございません。
大抵の君主の例にもれず、とても孤独でいらっしゃる。
人並み以上に情深いお心で、度重なる裏切りを味わってこられたあの方を、
これ以上傷つけたくはないのです。」
コーヴァの瞳に映るのは、ただ人間としての思いやりだけだ。
およそ間諜らしからぬ行為。この男は、ただの親切で命を危険に晒す気なのか。
したいことしかしないために。
したくないことをするぐらいなら、情に逆らい生き方を曲げるくらいなら
いっそ死を選ぶ。
それほどに誇り高く堅い意志力をもちながら、どこか飄々として拘泥がなく、
常に断崖に立ちつつも、決して余裕を失わない。
拒絶されても恨むでなく、受け入れられれば敵味方なく誠を尽くす。
これは一種の美学と呼ぶべきか。
ライゾは思わず彼の先行きが心配になってしまう。
それが顔に出たのか、コーヴァが小首をかしげた。
「陛下?私のことをご心配くださるのですか?」
非情な政治の場を渡りながら、どこまでも人たることを忘れない。
稀有な男だ。失くしたくない。
コーヴァと話すうち、ライゾは女帝に対して躍起になりすぎていた自分に気づいた。
イェーラの傷を見るたびに、抑えがたい怒りが胸に燻るから。
けれど、とらわれてはいけない。
「アザト・コーヴァ、おまえに習って正直に言う。
俺はおまえの友人でいたい。」
僅かに間を空け、コーヴァが子供のように素直な笑顔を見せる。
つられてライゾも晴れやかに微笑んだ。
「おかげで肩の力が抜けた気がする。ありがとう。
安心してくれ。おまえを女にはさせないから。」
コーヴァという使者にはそもそも争う気はなかった。つまりそれが女帝の返答
なのだ。さすがに北海一の女傑といわれる女。
非常な断罪も柔和な取引も、お手の物だということか。
争わない、という戦い方は、ある意味女ならではのものかもしれない。
けれどライゾが男である以上、使者が女であればライゾは肩透かしを食らった気に
なっていただろう。
だから争わない男を、コーヴァを寄越した。
敗者の心にさえ濁りを残さない鮮やかな勝利をおさめるために。
そうしてライゾは、宴会の予定に変更を加えることにした。



つづきます



9章 めざす未来 |トラックバック(0) |コメント(0)

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シカピ

Author:シカピ
数年前、とある美声にひと耳惚れし、
そのまま声フェチに、そして
ヤンデレに行き着きました。
同じ道を通った人、いますか?

真冬以外は年中花粉症です。

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