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ダナエ (乙女系ヤンデレ風妄想の話)

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

鎖を鳴らし、彼は彼女の手首を引き上げた。
「手、血が出てる。」
どうしてこんなことになってしまったのか。
「いけないね、また暴れた?」
つかんだ手首の擦り傷をべろりと舐める。
「ふ、昨日までさんざんわめいていたのに、今日はだんまりかい」
頭がぼうっとしていた。2日以上、眠っていない。
眠ると、何をされるかわからないから。
「いいさ。どうせ一週間もすれば、私と話したくなるよ。」
一週間。一週間? その言葉に、切なくなって涙が出る。
「泣いたってダメだ。私の携帯を盗んで、私以外と話なんか
 しようとして。裏切られたのは私なんだよ?
 この鎖はその罰なんだから、仕方ないんだ。」
手首に歯を立ててぎりっと噛み付かれ、小さな悲鳴が漏れた。
萎縮する心が、痛みを実際よりも強く感じさせる。
「ふ、いい声だ。とても愛らしい…」
指の付け根や、肘の内側、上げられた二の腕を、
舌で嬲りながら気まぐれに噛み付く。
そのたびにびくっと引き攣る彼女の反応を楽しむように。

どうしてこんなことになってしまったのか。
ただ普通に、普通に暮らしていただけだったのに。
同じマンションの最上階に住んでいる人。それしか知らない。
3日前にエレベーターで声をかけられた。
誤って家に届いた荷物を、自分宛と思い込み開封してしまったと彼は言った。
宛名は彼女のものだから、確認してほしいと。
玄関に置いてあるから取ってくると彼は言ったが、
見に行くと提案したのは彼女だった。
きちんとスーツを着て、ハイブランドの時計をした最上階の住人。
荷物の中身は白いワンピースだと。
それは彼女が先日ネットで購入した品目と合致する。
だから安心してしまった。
入口から覗いた箱の中身は確かに彼女のものだったが、
そのまま室内に引き込まれ、強い香の匂いに昏倒した。
気づいたときには白いワンピースで、寝室にいたのだ。
彼女のために設えられた寝室に。
その日、目を盗んで寝室から出ると、居間で捕まって
両足をベッドに繋がれた。
翌日、隣で眠った彼の上着からこっそりケータイを取って、両手を繋がれた。

寄せられた唇を厭い顔を背けると、両手で頬を挟んで戻される。
それでもキスを避けようと顔を強く振った。
ため息をついて、彼は手を離す。
「…今日は私がいない間に、壁を叩いていたね。
 誰にも聞こえないよ。この階には、もう私たちしかいなからね。」
思わず顔を上げる。
「このマンションは、私が買い取ったんだ。
 住人にはきちんと保証したから、今月中に、
 ここは君と私だけのものになるよ。」
冷静な判断力を失った頭が、パニックを起こす。
朦朧として無意味に暴れ出す彼女を見て、彼は言った。
「やれやれ。君は限界のようだ。これ以上眠らないと
 気味の悪い幻覚を見る羽目になるよ。」
肩をすくめ、彼は寝室を出ると、まもなくトレーを持って戻る。
「ポタージュスープだよ。好きだろう? こっちはフルーツペースト。
 ずっと食べていないから、消化しやすいものでないとね。」
ベッドのサイドボードにトレーを置き、膝の上に抱えこまれる。
あまり残っていない力で押し返そうとしても、笑われるだけだった。
「まだ罰が足りないかい」
抱き込んだ右手で目隠しをされ、左手が内腿をなで上げる。
首筋に噛み付き、滲んだ血を舐めた。
「ん?」
目を覆う手にぐっと顔をそらされると、自然に口が開く。
彼はスプーンでゆっくりと、スープを流し込んだ。
一口ごとに徐々に冷えた体が温まり、同時に泥の中でもがくような
重い疲労感がまとわりつく。
「食べたら眠るんだ。
 私はこれから出かけるから、安心して眠るといい。」
最初に嗅いだ香が焚かれ、彼女は深い眠りに落ちた。

目覚めると、時間の感覚はもうなかった。
部屋には窓がなく、天井の間接照明は一定の明るさを保っている。
室内には誰もいない。起き上がってみると、少し体が楽になっていた。
そうすると、忘れていた生理現象が戻ってくる。
トイレに行きたくなったのだ。けれど鎖で繋がれベッドから出られない。
少し待ってみたが、なんの物音も気配もない。
前日の行動パターンからして昼間は居ないらしい。
今が昼ならあと何時間かは戻ってこないだろう。
けれど逃げる方法を考えようにも、枷を外せなければどうにもならない。
手足の擦り傷は手当され、包帯が巻かれている。
どうにかならないか試してはみたが、やはり無駄だった。
周囲を見回し、途方に暮れる。

それから何時間経ったかわからないが、彼が戻ってきた時、
彼女は限界が近かった。
トイレに行かせてほしいと訴えたが、彼は冷酷に言った。
「ダメだよ。鎖を外そうとした罰だ。
 私の仕事が終わるまで、我慢していなさい。」
言葉通り彼が戻ってきた頃には、彼女はもう立つことができなかった。
「ほら、おいで」
抱え上げ、そのまま風呂場へ運ばれて、空のバスタブに降ろされる。
このまま、ここでしろというのか。
睨みあげても、彼はただ黙って見ている。
抑えきれず泣き出し、失禁した。
「立って。」
羞恥に抵抗する気力も失い、震えながら泣く彼女を
うっとりと眺めて彼は言う。
「可哀想に、辛かったかい。後ろを向いて。」
どうにか立ち上がった彼女の不安定な体を支えながら、
ワンピースのファスナーを下ろす。
「洗ってあげよう。髪も、全部。」
ワンピースを落とした背中に、シャワーの湯がかけられる。
どうしてこんなことを。思ったつもりが、呟いていたらしい。
彼が背中を抱きしめて答えた。
「言っただろう? 君を愛してる。愛してる。愛してる。
 君が欲しい。君のすべてが欲しいんだ。
 その涙も、恥じらいも、吐息も。
 愛も憎しみも喜びも怒りも、すべての想いを、感情を、
 私だけに向けて欲しい。私だけを見て、私だけを感じ、
 私のことだけを考えて欲しい。
 日常の中でなら、私がどんな告白や贈り物をしても、
 君はそれを素通りして、私を振り返ることもないだろう。
 むしろ避けるだろうね。
 けれど今日君は、私の帰りを待っていた。
 今日私は、君の希望であり、失望だった。
 この幸福が、君にわかるかい。
 どんな時も、君の心を占めるすべてに、私はなりたい。
 きっと、なれる。
 …愛してるよ。」
彼は優しく顔を引き寄せて、彼女の唇にキスをした。



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早暁の子(黄金の太陽2回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

太陽殿、月神殿、瑤神殿。
3つの神殿は、地上の渡り廊下以外にも、それぞれがフラールと呼ばれる地下通路で
結ばれている。
神殿が建っている山の地下を碁盤の目に通る、狭く暗い通路に
王妃アサが踏み入ることは滅多にない。
けれど今日は、それが必要だった。
長男ライゾを乗せた船が、港から6ゼッド(1ゼッド=1.3km)沖で沈没したと
聞いてから3日目の夕刻。
捜索隊からは知らせのないまま、突然に王子本人が帰ったというのだ。
耳を疑いながら太陽殿へ急ぐアサを、先導する女官も息を切らせている。
「王后陛下、ご到着!」
大きく開かれた両開きの扉の中は、人で溢れ、ざわめいていた。
女官が張り上げた到着の声に、かしこまって道が開かれる。
その先にひとりの少年が立っていた。
豊かに波打つ黄金の髪。海を映した紺碧の瞳。日に焼けた肌と伸びやかな四肢。
白いレーニ(短衣)をまとい、深緑の帯に長剣をさした、
輝くような美少年だ。
ひと目でわかる、彼女によく似たその面差し。
「ライゾ」
アサは倒れ込むように抱きしめる。
「ライゾ、ライゾ、無事で、ライゾ」
華奢な腕に息も詰まるほど抱きしめられ、王子の中で、記憶の中の母の面影が
目の前の人と重なる。
「ただいま、戻りました。」
どの港に寄港しても、上陸許可も降りなかった8年間。
たくさんの仲間と暮らし、不満は感じていなかった。
けれどこうして細い腕の中、自分もまた飢えていたのだと知る。
「母、上」
「ライゾ、ユマラよ、船が沈んだというのは間違いだったのですね。
ライゾ、まぁ、こんなに日に焼けて、もうわたくしよりも大きくなって」
王子の顔を両手で包み、見つめる王妃の声は涙に震え、かすれていた。
王子も思わず涙ぐみ、鼻をすすりながら答える。
「いいえ、間違いではありません。船は沈みました。」
アサが驚いて、濡れた瞳を瞬かせた。
「ま、ぁ、ライゾ、では、どうして」
「泳ぎました。」
「泳い、で?」
母が何を不思議がっているのか、王子にはよくわからない。
船が沈んだなら、陸を目指して泳ぐのが普通だろう。冷たい春の海で
じっとして溺れるわけにはいかないのだから。
「ライゾ、まぁ、6ゼッドも、どうして」
それでようやく分かった。6ゼッドは、彼女にはとても遠いのだろう。
「5~6ゼッドなんて、宿屋の女将にも泳げましょう。
その3倍泳いだこともありますよ。」
さすがにそのときは死にかけたが、それは黙っていたほうがよさそうだ。
ひと足先に再会の抱擁を済ませ、二人を見守っていた父アルギスも、
王子の言葉で喜びの涙も止まるほど驚いているようだ。
なんと逞しく育ってくれたことか。
「潮に流されたので、目的通りエギルの港に上がれず帰還が遅れました。」
にもかかわらず、疲れた表情さえ見せない。
息子の成長は、父に新たな涙を流させるほど誇らしかった。
その功労者を、称えずにはいられない。
アルギスは、黙って後ろに控える赤毛の女を招いた。
女は両手首を交差させて手のひらを胸に置く、神前の最敬礼で国王に跪く。
その手の甲には、彼女の異名の由来である、三本足の赤鷲の刺青が見える。
「イェーラ、8年の長きにわたる尽力に心から感謝します。
ありがとう。おかげで息子は生きて今日ここにいる。これほど逞しく立っている。
本当に、ありがとう。
今をもって正式に、息子ライゾのヤヴンハールに任じ、イングスとともに
太陽殿付き神官の位を、同船の水夫たちにも報奨金を授けます。
受けてください。」
「謹んで、お受けいたします。」
国王が与える神官の位には、家と年金が付くのが通例である。
周りを囲む執政官や女官・侍従も、祝福の拍手をおくった。

海軍を持たない島国オーミでは、海賊団を自警団として丸ごと雇い入れ、
商船の護衛や港の守備に当たらせている。
職業海賊が構成する自警団は、下手な軍より統率も手際も良く、しかも安上がりだ。
彼らに各港町での家を与え、縄張り意識を持たせることで国内での無法を防ぎ、
特定国の船への海賊行為を承認して、オーミの海を守る義務と権利を与えたのだ。
今では海賊団の長たちは、オーミにある五つの港の総督として、
それぞれに港の管理を任されている。
中でも国内最大の港、南のエギルを預かるイングスは、海の英雄の呼び声も高い
全海賊団の総代表であり、歴代最高の海賊長と言われる男である。

また赤毛のイェーラは、西のブーイを預かる提督エルストラと並び、
ただ二人だけの女海賊だ。
海賊の身分はあくまで奴隷兵士だが、王子が無事帰還のあかつきには、その一の従者
ヤヴンハールとして、聖職者の位を約束された女だった。
王族には一人に対して一人、ヤヴンハール(同じように高きもの)と呼ばれる従者が仕える。
彼らは王族の二つ目の命とも呼ばれ、終身雇用を基本とし、
死亡の折にも後任は存在しない。

この場にいないイングスに、使者が届けるアルギスからの返礼は
海賊長引退後の生活の保証であり、
イェーラにとっては、離れがたい絆で結ばれた、若い王子を見守れる地位。
そして生き神に認められる喜びだった。

8年前、五歳のライゾに下った神託。
“八十四番目は黄金の太陽を抱き子をなせぬものである。その者、
神殿のうちにて育てば十三までに死病を罹し、外にて育てば十七の年に自刎する。”
幼いわが子に負わせるには、あまりに重い予言。
アルギスは全てを告げることができず、前後を省いた一部だけを彼らに話し、
息子を海へ、神殿のうちでも外でもない場所へ、送り出した。
せめてもの願いを込めて、海の英雄イングスを代父に指名し、
優しく強い女海賊イェーラをヤヴンハールに指名したが、
危険は何一つ去ってはくれないと知っていた。
嵐、敵海賊、飢餓、疾病。凪ぎの海に落ちても命が危うい幼子を送り出し、
どれほどの思いでこの日を待ったことか。

『余は誇らかな喜びと大いなる希望をもって、
我が子ライゾ・ミュゼファンを次期国王に指名し、
次の満月にその立太子式を執り行うことをここに宣言する。
王太子は余と同じく民に忠誠を誓い、ともに生きることを願う
ものであると、そなたらに宣する喜びを、余は禁じ得ない。
よって立太子式においては、太陽殿野外祭儀場を開放し、
酒食の振る舞いを授け、良き日の祝福を分かち合わんと願う。』
触書は国中に走った。



つづきます。


1章 早暁の子 |トラックバック(0) |コメント(0)

カストルとポルックス(乙女系ヤンデレ風妄想の話)

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

「おかえり。」
家に戻ると、入口を塞ぐように彼は立っていた。
「遅かったな。」
昔実家の隣に住んでいた同い年の幼馴染は、そっくりな顔の双子で、
その弟である彼は、半年前からマンションの隣室に住み始めたことをきっかけに、
よく遊びに来るようになった。
小さい頃はパンツ丸出しで遊んでいた仲で、兄弟には砂場で
プロポーズされた思い出もある。
鍵を開けながら、友達と食事してたと言うと、じっとり睨まれる。
なんで睨むのかと聞いても、別にとしか答えない。
当然のように彼女に続いて玄関を入り、勝手にお茶を入れ始めた。
毎日のことで今更それくらいどうとも思わないが、帰ったそうそう理由もなく
不機嫌な顔をされるのが面倒だった。
父親でもあるまいし、何も入口でまちぶせなくてもと思うが、
こんな時に余計なことを言うと更に面倒になると知っているので、
とりあえず着替えを済ませ、出された紅茶を黙って飲む。
彼女が好きな銘柄、ちょうど良い温度、絶妙なミルクの量。
思わず顔がほころぶと、彼も笑った。
どうやら機嫌がなおったらしい。
「明日休みか?」
明日は仕事で明後日が休みだと言うと、なぜだかわからないが
彼女を見て穏やかに微笑む。どことなくうっとりと。
気持ち悪いと言うと、余計に優しい顔になる。
「じゃ、明日の用意しとくから。」
他愛もない話を1時間ほどした後、なんの用意か聞いても答えないまま
彼は隣に戻った。

翌日、家に帰ると鍵が開いていた。
朝、かけ忘れた?
様子を伺いながら扉を開いて、ぎょっとした。
目の前に彼が立っている。
なんでと言おうとした瞬間、いきなり手を引かれ、痛いほど抱きしめられた。
扉が閉まり、鍵の音が聞こえる。
あまりのことに何が起きてるのか理解できない。
「誕生日おめでとう」
その声に、彼女はひどい違和感を感じた。いつもと違う。
勢い押し返したものの、なんとも言えない違和感に気圧されて言葉が出ない。
その顔を見て、彼が笑った。
「なんて顔してんの。おばさんに鍵借りたんだよ。
 サプライズパーティの準備だって。ほら」
室内のテーブルには花とケーキと料理に、ワインクーラーが乗っている。
その場に縫い止められたように動けずにいると、彼の表情が一変する。
「なに、まさか嫌なの?
 帰れとか、おまえは言わないよな?」
緊張を強いられ、頷くしかなかった。
その後、彼は普段通りの様子で、プレゼントを差し出す。
貴金属と思しき小箱は、帰るまで開けないでくれと言われた。
とりあえず“帰る”という単語にホッとして、彼女は料理に手を付けた。
帰り際、さりげなさを装って鍵を返してくれるように言う。
「おばさんにお礼言っといてな」
すんなり返してくれたことに安心した。
もう貸さないよう、母に言っておかなくては。

「あれ、久しぶり、今帰り?」
双子の片割れ、兄の方は、駅から彼女の部屋とは反対側の、
ほど近い場所に住んでいる。
たまにこうして駅前や、コンビニなどで会うこともある。
自転車で声をかけてきた彼を慌てて引き止め、先日贈られた小箱を見せた。
入っていたのは指輪だったのだが、あまりに高価そうだったので、
宝石店で同じものを探してみたのだ。
誕生日のプレゼントというには、2桁違う。
自分からは言いづらいので、それとなく返してもらえないか聞いてみた。
「ああ、そっか誕生日。ごめん忘れてた。
 あ、でも俺今あんま金無いんだよな。そこの居酒屋でいい?」
誕生日なんてもうどうでもよかったのだが、ついでに
先日の話をしておこうと思い、二人で居酒屋に入った。
「何あいつ俺に黙ってそんなことしてんの?
 てかあいつに鍵とか渡したの?」
経緯を話し、毎日ドアの前で待っていることもグチのように言ってみた。
できれば止めてもらえないかと期待して。
けれど返事は意外なものだった。
「別にいんじゃね。もらっとけば。
 へぇ、あいつがね。女に指輪ね。それ、もう一回見せてくれる」
ケースを手に取り、上下左右から眺める。
「ふーん。なるほどね。いいよいいよ、もらっとけ。
 返されたってイニシャル入りじゃどうしようもないし、
 どうせ他にあげる彼女もいないんだから、あいつの見栄だって。
 それにしてもあいつおばさんに鍵借りにわざわざ新幹線乗ったのかよ、
 バカだねぇ。」
なんの解決も見ないまま、晴れない気持ちで部屋に帰ると、
弟は、やはり入口で待っていた。

1週間考えて、やはり指輪は自分で返そうと決心した。
いつものように部屋に上がってお茶を飲む彼に、思い切って切り出す。
「なんでだよ。おまえ約束したろ。俺と結婚するって」
なんのことだと驚いて聞き返すと、彼がいきなりマグカップを
テーブルに叩きつける。
思わず体がびくつき、立ち上がってしまった。
「座れ」
誕生日の夜に見せられた、あの表情、あの声音で
低く命じられ、動けずにいると、手首をつかまれた。
「座れって! 言ってるだろ!
 …なんもしねぇよ。話すだけだ。」
容赦の無い力で、掴まれた手が痛い。
おそるおそる頷き、座り直すと、彼の手の力が緩む。
咄嗟に彼女は手を振りきって玄関に走った。
ドアに飛びつき鍵を回す。が、ドアに隙間が空いた瞬間、
後ろからガンと閉じられ、そのまま背後からドアに押し付けられた。
「なに逃げてんだよ」
全身で押し付けられ、密着した背中から声の振動が伝わってくる。
「言うこと聞けよ。ここで犯されてぇのか。」
うなじから耳の下を舐め上げられ、背筋が震えた。
「言ったよな、おまえ、俺と結婚するって。俺を好きだって。
 そうだろ?」
体を反転させられ、こわばる唇に、熱い唇が押し付けられる。
鍵のしまる音が聞こえた。
生理的な恐怖に涙のにじむ目を強く閉じると、そのしずくを掬った舌先が
瞼にねじ込まれ、眼球を舐められる。
「言えよ。ほら。俺のこと好きだって。
 言わねぇと、俺ひどいことするかもしんねぇ」
抱き込まれ、ドアから体を離された。その時、また鍵の音が聞こえた。
外から解錠されたのだ。
何がなんだかわからないまま、強い力で部屋の外へ引き出される。
引き戻そうとする弟を室内へ突き飛ばしたのは、兄だった。
そのまま勢い良くドアを閉め、ドアレバーに細い鉄パイプを立てかける。
「てめぇ殺す! ぜってぇ殺してやっからな!」
怒りに任せてドアを連打する音に全身が震える。
怯える彼女を抱えるようにして、兄はその場を離れた。
「ごめん。ほんとごめんな。まさかあいつがあんなこと」
駐車場で、がたがたと震えの止まらない彼女の背中をさすりつつ、兄が詫びる。
恐怖と紙一重の怒りに泣けてしまう。
「悪かった。ごめん。とりあえず落ち着くまで俺んとこ来いよ。
 あ、いや、余計怖いか。おんなじ顔だもんな。
 じゃその辺のビジネスホテルとか、いやあいつ
 まさか追っかけてこねぇだろうな。」
追いかけてくる、という言葉に、恐怖感が怒りを凌いだ。
「ごめんな、ほんと申し訳ない。でも頼む、今回だけ、
 今回だけ警察は勘弁してやってほしい。
 あいつも頭冷えたらあんなやつじゃないし、俺が後で絶対殴っとくから。
 家も、なんか壊れたとかあったら直すし、
 あ、明日の朝イチでおまえん家の鍵も変えてもらうようにするからさ、
 ほんと今回だけ、許してやってくれないか」
焦った様子で懸命に頼まれ、彼女は頷いた。
確かにこれまで何年も、普通に付き合ってきた幼馴染だ。
兄の言うように、頭が冷えれば話もできるだろう。そう思った。
「ありがとう。ありがとうな。ほんと悪かった。
 もし構わないなら、やっぱり鍵変えるまで俺んとこに居てくれないか。
 友達んとこってももう深夜近いし、迷惑かけた分
 せめてカタがつくまで、面倒見させてほしい。」
兄の言うように、まさか追いかけてこられたらと思うと、
今夜だけは泊めてもらうことに同意した。

着いた場所は、彼女が知っていた部屋ではない。
「うん、先月引っ越した。前のとこ、いろいろ不便が多くて。
 ここ7階だから、日当たりも見晴らしもいいし。」
部屋に上がり、お茶を出されてしばらくすると、だいぶ気分も落ち着いてきた。
周りを見回し、相変わらず片付いてると言うと、兄に笑われた。
「おまえんとこよりキレイだろ。あ、ちょっとコンビニで色々買ってくるわ。
 歯ブラシとか、タオルとか。Tシャツ俺のでもいいか?」
構わないと答えると、彼は靴を履きながら振り返る。
「すぐ戻ってくるから、一応部屋から出んなよ。」
頷いたものの、彼が出かけたあと、ついでに化粧水を頼もうと思いついた。
下の駐輪場なら、部屋の前から声をかければ聞こえるかも、と、
レバーハンドルを押し下げる。が、開かない。
見ると鍵の形が違う。たてよこに回すものではなく、
四角いボックス型をしている。側面に小さな突起があるが、動かない。
開け方を聞こうと、彼の携帯にかける。
「ああ、それ中からは開かないから。何? 何か忘れ物?」
彼の声音があまりに普通で、奇妙に感じながらも、
化粧水が欲しいと告げると、彼は種類を聞いて通話を切った。

ふと、思い出した。
あの時、彼女の部屋の鍵は外から開いたのだ。
あの時、まるでタイミングを図ったように。
偶然? またお母さんが貸した?
嫌な予感に、鼓動が早くなる。
帰ってきたら、聞いてみよう。ちゃんと、説明してもらおう。
きっと、なんでもない。
不意に、窓辺に据えられた望遠鏡が目に入った。
確かに7階は見晴らしはいいだろうが、地震でもあったら怖そうだと
考えながら、何となく固定された望遠鏡を覗く。
途端に冷水を浴びたように、怖気が走った。
見えたのは、自分の部屋だった。
「よく見えるだろ?」
急に真後ろから声がして、彼女は飛び上がるほど驚いた。
それほど動揺していたのか、戻っていたことに気づかなかった。
「それでおまえ見てるとさ、星みたいだった。
 あいつが指輪のケース渡してからは、声もよく聞こえたし。
 グッジョブって感じ。はは、マイク入ってたの、気づかなかった? 
 てか大丈夫? 顔真っ青だぞ。そんな怖がんなよ。」
彼はそっと肩を抱き、髪に頬をすり寄せる。
「この部屋のことは誰も知らないし、あいつが来る心配もない。」
ぎゅっと抱きしめ、うっとりと微笑んだ。
「おまえがここにいること、誰も知らないから。
 これでもうずっと、一緒にいられる。カメラで見てるおまえも好きだけど、
 やっぱり本物の方が何倍もいい。
 でも画像も音声も、おまえの一部だからな。俺には宝物なんだ。」
あちこちに、優しく何度もキスを浴びせながら、吐息と共に囁く。
「誰が来ても、おまえのことは絶対守るから。誰にも渡さない。」
頭を抱え込まれ、唇が押し付けられる。
「俺はおまえが、好きだよ。
 おまえも俺を好きだから、逃げたり、しないよな?」 
気づいたときには、両手が拘束されていた。


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プロフィール

シカピ

Author:シカピ
数年前、とある美声にひと耳惚れし、
そのまま声フェチに、そして
ヤンデレに行き着きました。
同じ道を通った人、いますか?

真冬以外は年中花粉症です。

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