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命を裁く時(黄金の太陽7回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学

短い秋はまたたく間に過ぎ、三度目の満月がめぐった頃、
フェフの尋問は拷問へ切り替わった。
その指揮を父のヤヴンハール・イーサに任せ、ライゾは
来春への準備に奔走する。
まずは周辺各国の反応を監視し、その動きを調べ上げること。
それにもイーサが使役していた間諜たちが役立った。
アルギスの死と共に公務を離れたイーサが、それまでに築いた
情報網は、今は妹のヤヴンハール・エフワズのもとで機能している。
次に、各港に上陸している海賊たちに宿舎と食料を確保し、
召集できる状態を整え、場合によっては模擬訓練も必要になる。
航海をしない冬は、船の修理と整備、新造船の季節でもあり、
さらに港を閉ざすわけにはいかない海洋国家で、水際の警備も
強化しなければならない。
それに加えて、国が管理する鉱山の来年の採掘計画など通常の
仕事もこなさなければならず、慣れない日々の責務がライゾの体力を
削り、フェフの苦痛が精神力を削った。
そして何よりも、傍らにイェーラの存在がないことが、彼を悩ませる。
体は疲れても眠れない夜が続き、喉が絞られたように感じて、
食事も面倒になった。

「非常につきご無礼いたします!」
冬も終わりに近づいたその朝、ライゾが仮眠していた第二執務室へ
使者が走り込んできた。
「ご報告いたします!昨日ベルカナ王バラゴの海軍召集令が発されました!」
ライゾは長椅子から跳ね起きる。
「きたか。艦隊の規模は?」
「は、おそらく全軍と思われます!」
「続報を頼みます。確認が取れ次第イングスにも連絡を」
「御意!」
雪は溶け始めている。
召集令が出たなら、間もなく使者が遣わされるだろう。
バラゴの宣戦布告を告げるために。もう時間がない。
けれど。
ライゾは執務机の上の紙に目をやった。
フェフの処刑命令書だ。
これまでそれに署名することができなかったのは、情のせいばかり
ではない。ひと月にわたる拷問も、フェフの口から真実を導き出す
ことはできず、どんな調査もその手掛かりを掴むことはできなかった。
フェフの背後には何もない。
まるで誰かがきれいに掃除したあとの船倉のように、空っぽなのだ。
それが不気味で、現段階での処刑はトカゲの尾を切るに過ぎないと
確信したからだ。
しかしそれにも限界がきている。
民は神殺しの大罪人の処刑を見届け、安心したがっている。
それは港に集められた海賊たちの士気にも関わるだろう。
職業とはいえ海賊たちが、暇を持て余すとろくなことをしないと
ライゾはよく知っている。
しかもライゾにとって最大の問題は、それだけではなかった。
国王弑逆の大罪には、親族連座の慣例がある。
それをいかにして覆し、彼らを、イェーラを守るのか。
どうすれば。
どうすれば。
どうすれば。
霙が降り始めた日没後、ライゾはひっそり馬で月神殿を出、ひとり
鎮魂の宮に向かった。
鎮魂の宮はアトリ山中にあるミュゼファン王家の霊廟で、
アルギスもここに眠っている。
今は入口に篝火が燃え、番兵が二人立っているそこに、ライゾが
到着すると、供回りがいないからだろう、番兵たちは少し困惑した
様子で扉を開いた。
ライゾは夜までそこで祈った。答えを求めてではない。
許しが欲しかった。
本当は、分かっている。どうすればいいのか。どうすべきか。
それをする強い決意を、得たくて祈ったのだ。
もう、決めなければならない。
その時、にわかに外が騒がしくなった。
「だめだ!今は立ち入りは許可できない!」
「お願いです、どうか!」
誰かを止める番兵の声と、女の声。
そういえば、ここはオーミの民なら誰でも入っていい場所のはず。
ライゾがいるために、止められている者がいるのだろう。
雪混じりの霙が鹿の子斑に地を濡らす中、ライゾは廟を出た。
「私はもう戻ります。その人を通して下さい。」
振り返った番兵の顔が青い。
番兵に腕を掴まれていた女が、いきなりライゾの前にひれ伏した。
「陛下!」
ライゾが何事かと見ると、女は顔を上げる。
「陛下、ご無礼の程お許し下さいませ。フォルセトと申します、
フェフの母でございます」
ライゾの喉が、ひゅっと鳴った。
「陛下のおいでを、お待ちしておりました!」
夫と義娘が蟄居中では、神殿にライゾを訪ねることは許されなかった
のだろう。出入り自由のこの場に彼女は毎日通いつめ、夜明け前から
夕暮れまでをただ待っていたと番兵が説明した。
そうまでして彼女がライゾに会いたい理由など、ひとつしかない。
「陛下、お願いでございます、息子を、フェフの命をお助けください!
どんな苦役も追放でも息子は喜んでお受けいたします!
処刑には私の命をお召しください!どうか寛大なる陛下のお慈悲を、
あの子の命だけは、どうかお許し下さいませ!」
篝火に照らされた女のやつれきった顔に、フェフの面影が重なる。
また、決意が揺らぎそうだ。
もしも父がただ人だったなら、自分が国王などでなかったら、
この哀れな母の命乞いを聞き入れただろうか。
ライゾは腰の短剣を鞘ごと抜き、彼女の前に置いた。
「いつか、私の使命が終わったとき、この命をあなたの復讐に
差し出します。」
ライゾは静かに背を向ける。
降り続く霙にぬかるんだ土を掴み、彼女は獣が吠えるように泣いた。
冷たい石の柩の中で、父は聞いているだろうか。どんな獣の爪に
切り裂かれようと、今ほどこの背は痛むまい。そう思えるほどの、
慟哭の声を。
この声を魂に刻んで、今夜、イェーラに会うのだ。
ライゾは馬首をグリームニルに向けた。

初めて訪ねるイェーラの屋敷に道を間違え、着いたのは深夜
過ぎだった。家は神殿に帰還した日、アルギスから神官の
資格と共に贈られたものだ。
大きすぎず小さすぎない、落ち着いた雰囲気の建築だ。
町中のことで庭と呼べるほどのものはないが、
馬をつなぐ場所や木には困らない。
その玄関の扉を叩くと、使用人は通いなのか、しばらくして
イェーラ本人が燭台を持って顔を出した。
「陛下!?どうしてここに、まさかお一人で!?」
慌ててイェーラはライゾの背後に視線を配る。
「つけられてはいませんね。お早く、お入りください」
その顔を見、声を聞いて、ライゾは何も言えなくなった。
霙をたっぷり含んで重くなった外出用の厚い肩布を、内玄関で
イェーラが脱がせる。
「すっかり冷えてしまって。こちらへどうぞ。あいにく火が
入っているのは寝室だけですが」
飾り気のない実用本位の調度類が、いかにもイェーラらしい。
暖かい寝室の暖炉の前に椅子を置き、イェーラはライゾを
そこへ座らせた。濡れた服を脱がせ、毛皮の掛布を寝台から取って
巻きつけ、乾いた布で髪をふいてやる。
ライゾは大人しくされるままにさせていた。
イェーラはその様子から、察するものがあったらしい。ふと、手を
止めた。
「蜜酒でも、持ってこようか」
ライゾは首を振る。
辛い。
この愛しいものに、ひどいことを言わなくてはならないことが、
とても苦しい。
「もう、耐えられない」
ライゾは一度立ち上がり、イェーラに向き直ってその足元に
ひれ伏した。先程のフォルセトのように。
「…フェフを、斬ってくれ」
それは、本来フェフの罪に連座すべき位置にいるイェーラを、
処刑人に立てることで、その免罪を周囲に納得させようということだ。
実弟でないことは周知の事実。ならば彼女が手を下すなら、
なんとかなるかもしれない。いや、必ずする。
「おまえの懊悩は、よく分かる。でも、私ごときに頭なんか下げるな。
罪人はおまえじゃない。だから顔を隠すな。
昔言っただろう?おまえが何をしようと、おまえの贖罪は私が
引き受けてやる。」
それはイェーラにとって最初から決まっていた覚悟だ。
けれどライゾは首を大きく振った。
「違う、そうじゃない。フェフを殺すことじゃない、父が殺された
ことでも、それ以外のなんでもない。ただ、おまえがいない。
おまえがいない、おまえがいない…!
…耐えられないと思ったのは、それだけだ。
だからおまえは俺を恨んでいいんだ。自分が苦しいからって、
弟をおまえに殺させる俺を。」
「それなら私も同罪だ。誰を斬り殺すことになっても、私はおまえの
そばにいたい。義兄弟の絆が許さないなら、いつでもきってみせる。」
イェーラはライゾの頬を両手で挟んですくい上げた。
「随分、疲れた顔してるな。すまない。こんな時に、そばにいて
やれなくて。
…酒がいらないなら、少し横になれ。」
人恋しかった幼い頃のように、ライゾはイェーラと並んで寝台に
丸まった。
「…おまえを、初めて見た日を覚えてる」
ライゾが問わず語りにぽつぽつと話す。
「父に連れられて海賊船に初めて乗ったんだ。
俺はまだ5歳で、バカ丸出しのガキで、それでも海と船と太陽と
海賊どもに胸が躍ってた。」
神殿の中とはまるで違う、濃い色と熱い音に満ちた世界。
波に揺られる足元のように、ライゾの世界は大きく揺らいだのだ。
「一番目を引いたのは、これ」
ライゾはイェーラの赤毛に指を絡ませる。
「この豪華な赤毛だった。海賊どもの先陣を切る15歳のおまえは
火でできた花に見えた。大輪の、炎の花。」
ライゾが、柔らかく微笑む。
「俺は父に聞いたそうだ。あれがユマラかと。」
敵からは三本足の赤鷲、味方からは陽の乙女ユミルと呼ばれた女海賊は
ライゾを見るなり、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「そのおまえが俺のヤヴンハールになると父に言われて、本当に、
本当に嬉しかったんだ。
…ありがとう。今まで礼も言わなかったけど」
髪を弄ぶ手を眺め、イェーラは話す。
「私も、あの日のことはよく覚えてる。」
イェーラにとっては、全ての幸福が訪れた日だった。
敵船から拾われた娼婦の子など、どんな扱いを受けるか想像に難くない。
養い親が執政大臣という身分でも、イングスが後見でなければ
生きてもいられなかっただろう。
「おまえにどう見えたかは知らないけど、あの頃の私は、ちょっと
荒れてた。」
7歳のイェーラの目と心に焼き付いた、母の死。
照りつける日差しの中、甲板に散った長い赤毛。冷えて緩んでゆく肌と、
こぼれかけた眼球。母の顔から生え出したような手斧は、
オーミのものだった。
誰も知らない、母の名はシュリス。
オーミの船に暮らすことは、その母を裏切ることではないのか。
「人を殺すたびに自分を殺して、とり憑かれたように戦って、
殺しまくって、気がついたら、奴らの先頭にいて」
ユマラの申し子、幸運の乙女と称えられても、嬉しくなどなかった。
そのイェーラに託された、小さな子供。
薔薇色の頬でひたむきな愛情を向けてくる幼子を、彼女は溺れる
ように愛した。胸を炙る埋み火も、長く親しんだ冷たい孤独も、
全てはこの幼い王子に捧げる愛のためにあったのだと思えるほどに。
それからは寝食を分け合い、互いに何度となく命を救い、
共に幾人かの仲間を見送り、寄り添って生きた。
ライゾは、イェーラの生きる意味になった。
「おまえが、私を変えてくれた。…ありがとう」
けれどライゾには、まだ言わなければならないことがある。
「…イェーラ、頼みがある」
今度はイェーラがライゾの髪をなでて答えた。
「言いたいことがあるのは、顔見りゃわかるけどな。明日にしろ。
今日はもう、遅い。眠れ。」

翌朝、神殿に戻ったライゾは、フェフの処刑命令書に署名した。



つづきます。


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モルフェウス(乙女系妄想の話)

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

悪夢だ。
冷や汗をかいて彼女は飛び起きた。
毎日同じ悪夢を見る。
ナタのような大きな刃物を持った、顔の見えない大男に
追いかけられる夢だ。
7日前から夢を見始め、最初は気にしなかった。
3日目には、残業続きのストレスかと思った。
5日目には、薬局で買った睡眠導入剤を飲んだ。
昨夜には、もう眠るのが怖かった。
夢の中の場所は、地下鉄の駅構内だったり、遊園地の迷路だったり
近所の高架下だったりと色々だが、
そこはいつも無人で、追いかけてくる男も同じだ。
走って走って逃げ疲れ、もう立てないと思った瞬間に目が覚める。
睡眠導入剤では改善されるどころか、
もう走れないと思っても目覚めることができず、
男に追いつかれ、振り上げられたナタの下でもうだめだと蹲って
ようやく起きた。
長引く恐怖があまりにリアルで、気づけば体が震えていた。

「なんか顔色悪くない?大丈夫?」
職場で話しかけてきた同僚に、夢見が悪くて眠れないと話す。
「あーあるある。俺も昔おんなじ夢一週間とか見たことあるよ。
 学校ん時だけど。何回もあった。疲れてんじゃない?」
むしろ夢のせいで疲れが抜けないのだ。
「でも夢の中ってさ、なんか殺人犯は走るの早くて
 こっちはスローでしか動けないんだよな。
 しかも本気で怖いのって、その時脳が疑似体験してるって
 聞いたことあるけどあれホントかな。
 それとか願望7割とかいうらしいけど。」
思い出すと、背中がぶるっと震える。
「あ、じゃ俺が学生ん時やってたやつ、使ってみる?
 ヒュプノスのお守り。明日持ってくるし。」
翌日、彼が差し出したのは、ハガキほどの大きさの黒い布に
白い糸で何かの紋章のようなものが刺繍されていた。
「これ昔姉ちゃんの雑誌かなんかの付録だったんだけどさ、
 これ枕の下に入れて寝ると快眠できるってお守りなんだよ。
 ヒュプノスって眠りの神様の模様なんだけど、信じて祈ると
 不思議と効いたんだよな。
 つまりこれ自体が効くってより、これがあるから大丈夫って
 思うことで大丈夫になる自己暗示っていうの?そんな感じ。
 若干、胡散臭い気もするけど、薬飲むより健康的だし、
 無理にとは言わないけど、ま、よかったら」
睡眠不足続きだったので、眠れるなら何でも試してみる気だった。
その夜、教えられたとおりそれを枕の下にいれ、
よく眠れますように、と3回唱えて目を閉じた。

彼女は人気のない公園を走っていた。
顔の見えない男が追いかけてくる。
異様に広い公園は、どこまで走っても誰もいない。
疲れきった両足が悲鳴を上げ、膝ががくりと折れる。
まただ。もう嫌だ。怖い。嫌だ。助けて。怖い。
その時、誰かが彼女の手をぐっと引っ張った。
「こっちだ!」
力強い手は彼女を隠れられる場所へ導いてくれる。
しっかりと庇われ隠れている間に、男をやり過ごすことができた。
お守りの効果というのは、きっとこういうことなんだろう。
彼女は同僚に礼を言い、それから毎日ヒュプノスに祈った。

その後数日は、顔の見えない男が現れる度、もう一人の
見えない誰かが助けてくれた。
彼女は見えない誰かに会うのを楽しみにさえするようになった。
夢の中の人は、いつも彼女を腕に閉じ込めるように抱きかかえ、
大丈夫、怖くない、と囁く。
いつからか、彼女がその腕を愛しく思うようになった頃から
夢は淫夢に変わってゆく。
強く抱きしめ、優しく口づける。
乱暴に肩を押さえつけ、丁寧に胸に触れる。
きつく首筋を吸い上げ、柔らかく舌でなぞり、
腰を撫で、足首を掴みあげ、境界線もなくなるほど深く交ざり合い
息も絶えるほどに昇りつめる。
誰にも言えない、夢を見る。
彼女は、ヒュプノスのお守りを使うのをやめた。
すると何日か経って、また追いかけられる夢を見始めたのだ。
けれどもうお守りを使う気にはなれない。
あれにはやはり思い込みだけではない、何かがある気がして
余計に怖くなったからだ。
それほどに生々しい夢だったから。
耳に残る息遣い、肌の匂いや髪の感触、抜けない楔のような、
体の奥に感じた熱までが、
起きてる間も彼女を苛むようにフラッシュバックするのだ。
自分の願望や欲求不満かと考えもしたが、それならある程度は
コントロールできるはずだ。
なのに、現状はとうてい普通とは言い難い。
また、寝不足続きに逆戻りしてしまった。
そんな状態のままでは仕事の効率も上がらず、取り戻すために更に
残業が増える。

その日も彼女は会社に残った最後の一人だった。
終電までには帰るつもりだったが、どうにも集中できない。
とりあえずコーヒーでも飲もうと給湯室へ向かう。
廊下の照明はとうに落とされていたが、窓が大きいので
足元が見えないほどではない。
給湯室のドアを開け、中の電気のスイッチを押そうとした瞬間、
奥の用具入れロッカーと壁の隙間に人影が動いた。
思わずその場に立ちすくむ。
影はこちらの様子を伺うように、息を潜めている。
その手に握られているのは、まさか、ナタ?
窓からの明かりを反射する刃物。
彼女の全身が総毛立ち、膝ががくがくと震えはじめる。
あの影は、夢の中の男だ。
嘘。まさか。これは、いつもの夢?現実?
のそりと男が動き出す。反射的に彼女は走った。
誰もいない社内の廊下は、夢のまま異様に長く見える。
恐怖のあまり声も出せない。全力で走っているのに、鉛のように
足が重くて、廊下の先が近づいてこない。
背後からは男がどんどん迫ってくる。振り上げられたナタに
かすれた悲鳴が漏れた、途端、彼女は何かにぶつかった。
「おっと」
ぶつかった反動で転ばないよう、咄嗟に両腕を掴まれた。
「大丈夫?」
見るとお守りをくれた同僚がそこにいた。慌てて振り返ったが、
そこには誰もいない。彼女の心臓が痛いほど脈打っているだけだ。
「殺人犯に追いかけられたって顔してる」
ぎくっとして、彼女は同僚を見上げた。
掴んだ両腕を離さないまま、彼は彼女の耳に顔を寄せる。
「ちゃんとお守りを使わないからだよ。
 使ってくれないと、俺が夢に入れないだろ?
 だからまたこうやって、脅かす羽目になるんだよ。」
何を言ってるのかわからない。
まさか一連の夢は、彼の仕業とでもいうのか。 
「気の毒に。すごい冷や汗。そんなに怖かった?
 悪いとは思ったけど、まず病気になってもらわないと
 治療はできないだろ?それとおんなじ。
 今までの夢は、夢だけど夢じゃないんだ。そりゃ怖いはずだよ。
 それに、現実のように気持ちよかっただろ?
 あのまま引き込めるかと思ったのに、意外と意思が強いな。」
どくどくと鳴る心臓がうるさい。
それにつられて、息が上がっていく。
「これで足りないなら、趣向を変えてもいい。今度は殺人犯じゃなくて
 クモの大群とか、悪霊とかどうだ?」
体の震えが止まらない。
これは、この人間の姿をしたものは、何?
「ふ、ひどい顔。諦めろ。
 でないといつか夢の中で、恐怖のあまり心臓が止まることになる。」
彼の腕が背中に巻きつく。
「嫌というほど気持ちよくしてやるから、諦めて、俺の夢に溺れろ。
 現実が溶けてなくなるまで、愛してやる。
 ここまで欲しくなった女はおまえだけだ。だから逃がさない。
 俺の夢で、おまえは永遠の女になる。
 終わらない快楽の夢に酔いしれて、俺の中で鳴いていろ。
 永遠に」


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国王暗殺(黄金の太陽6回目)

テーマ:ライトノベル - ジャンル:小説・文学


ひと月にわたる葬儀の後、王位襲名にはいくつかの儀式・典礼が
あった。
一つめは、新王への最初の供物を王族たちが捧げる供犠(くぎ)。
二つめは、聖湖アトリの浮島で神官たちを立会いに行われる戴冠式。
三つめは、神殿に仕える全ての者が王に敬服を宣誓する誓約式。
四つめは、歴代国王以外は立ち入れないソレイ島。その黄金神殿で、
前王の導きにより、伝説の巫女姫の秘跡が新王に授けられるという秘儀。
最後は、四つの儀式を終えた新王が、王都以外の6つの街を訪問し、
各地の代表者たちから祈誓書と祝い金、神木ロメの奉奠を受ける
臨幸訪問である。

しかしライゾは状況を鑑み、五つのうち三つを省略することを決めた。
野外祭儀場での襲名宣言をもって供犠と代え、誓約式をもって
戴冠式と兼ね、臨幸訪問はエギルのみとし、秘儀は立太子の折、
内密に済ませていたと。
なかでただひとつの気がかりは秘儀のことだ。
これまでオーミの、数多の王たちの、そしてライゾ自身の運命を
大きく左右してきたソレイの巫女。
それが誰なのか、黄金神殿があるというソレイ島はどこなのか。
ライゾに告げないまま、アルギスは逝ってしまった。
宗教に支えられたオーミでは、それこそが治世の鍵でもある。
なるべく早く、探し出さなければならないだろう。
加えて、ライゾはライゾ・ロヴァルギス・ミュゼファンと名を改める。
ロヴァルギスはアルギスの息子という意味であり、王として
あまりに若い新王に、少しでも前王の影を残して威を補おうという、
せめてもの対外政策だった。

「無茶でございます」
太陽殿の第一執務室で、王位襲名に関するライゾの決定を聞いた
7人の執政大臣たちは、新王を取り囲んで異議を申し立てた。
「本来は誓約式の準備だけでも20日はかかりましょう。
式典には専用のお衣装や道具類も必要です」
答えながら、ライゾは手紙をしたためる。
「誓約式は三日後に行います。来年の死者の日までは私たちは
服喪中の身。派手な式典は不謹慎なので新しいものを作る必要は
ありません。前王の物が聖具室にあると聞きましたので、
それを使います。」
「しかし陛下がお付けになる紋章の指輪や胸飾りは、前王と
同じものは使えません。鋳造するにはどんなに急がせても七日は」
「ではあれを拝借すればいい。」
ライゾが指さした背後の壁には、初代国王ナシズが付けたとされる
紋章飾り<黄金の太陽>がかけられていた。
「<双頭の鷹>はこれ以後ソウェルのものとします。
それなら瑤神殿の扉も作り直さなくてすむでしょう。」
書いているのは、エギルのイングスに宛てた手紙だ。
国王は亡くなり、後を継いだのは十五に満たない少年王。
今やオーミは取り放題の宝の山。近隣諸国にはそう見えるだろう。
「伝統は無意味ではありません。供犠を省略なさるのはともかく、
戴冠式までなされぬとは」
「父を弑した犯人を捕らえるまで、私は真に王位を継ぐ資格を
得たとは思わない。借り物の座に形式は不要です。」
<来春をめどに出撃の準備をされたし。仮想敵はベルカナ、
ネツァーク、マクールの連合とし、見積をまとめてほしい。>
今は秋。北海の秋は短く、幸いにして冬に海戦を仕掛けるほど
愚かな国はない。この冬を天の賜物として、暗殺事件を解決し
戦に備えなくてはならない。
けれど不幸にして長い冬は、敵にも十分な猶予を与えてしまう。
エギルですべきは臨幸訪問などではなく、戦の打ち合わせと
その下準備だ。
「誓約式までにエギル訪問を済ませたい。アルヴィース、
これをフギンにつけてイングスの所へ飛ばしてくれ。」
反論したのはアルヴィースではく、ヤヴンハール・イェーラの
義父であり、書記官フェフの実父にして、主席執政大臣ペルスである。
「無理ですな。三日以内でエギルまで往復なさるなど」
「馬を継いで裏街道を通れば可能です。」
「とんでもない!御身を何とお考えか。それでは満足な警護も
出来ますまい。海で長くお暮らしゆえ、裏街道がいかなるものか
ご存知ないと見える。」
「いかなるもの、とは?」
すでにライゾの性格を理解しているアルヴィースが、肩をすくめて
解説した。
「山賊が出るんですよ、さほど大きな集団ではありませんがね。
そのせいでグリームニルからエギルへの裏街道は、通称亡霊街道と
呼ばれておりまして。山賊に殺され、途中にある底なしのミミト沼に
沈められた者たちが、這い上がろうと道行く者にしがみつくとか。」
「ああ、そういえば、海賊がいるなら山賊もいるか。
わかりましたペルス殿。ついでに退治してきます。
ということは、スヴェイン」
「御前に。」
「エギルまで供をしてくれ。イェーラも。あとは近衛隊から手練を
二~三人選んで、明朝ここを発つ。」
「御意のままに。」
「アルヴィースは替え馬の手配を。都の留守居はペルス殿に任せます。
誓約式の準備について経費の相談はヤルルに、人手の問題は私の
侍従長ハルバに。式次第はピナが詳しいでしょう。」
最後にライゾは付け加えた。
「父上のことは、私が戻るまで保留とします。」

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三日後、ライゾの一行は無事に帰都した。
「ご無事のお戻りで実に良うございました。」
太陽殿に出迎えたハルバたちが、一行を貴賓室へ直行させる。
誓約式にぎりぎりの時間らしい。
「さ、こちらでお早くお着替えを。皆様方、大広間にて
お待ちでございます。」
「留守中は?」
埃にまみれた服を手早く落としながらライゾが尋ねた。
その横で平気で着替え始めるイェーラを、ピナが慌てて衝立の
向こうに連れて行く。
それを咳払いで見送りながらアルヴィースが答えた。
「いいえ、何事も。皆ご命令通り、おとなしくしておりましたよ。
ところで、山賊には遭われましたか?」
アルヴィースの質問は、別段心配する様子でもなかったが。
「いや。一気に駆け抜けたせいで襲う暇がなかったらしい。
とりあえずイングスに頼んで冬の間、手下どもの暇つぶしに
討伐隊を出してもらうことにした。」
金策担当のヤルルがぴくりと眉を上げる。
「その討伐隊への支払いはどちらが?」
「心配するな。おまえの実家のおかげでうちの金庫は潤ってる。」
「まさか!全額を負担なさるので!?」
「せっせと稼いで国を良くするのが王族の務めだろ。
よし出来た。行こう。」

太陽殿の大広間の屋根は、そもそも帆布で出来ている。
太陽神ユマラのもとに何らかの儀式を行うときは、
帆布は外され降り注ぐ陽光の中で、粛々と行われるのだ。
晴れた秋の日。
新王は祭壇の上に座し、神殿内それぞれの役職ごとに代表者たちが
述べる宣誓を聞き、捧げられる神木の枝を受け取り、
その枝で水盤に満たされた聖湖アトリの水を、彼らの頭上に
散らしていく。
枝の受け渡しにソウェルが、水差しから水盤に注ぐのは
オースィラが担当している。

その式次第の幾人目かに、フェフがいた。
船に暮らすライゾと神殿の家族を、長らく繋いでくれた友人。
その見慣れた顔に、その時ライゾはなんとも言えない違和感を感じた。
フェフの表情がいつもと違う。
真っ直ぐにライゾの前に進み出たフェフが、両手で目の位置まで
差し上げたのは、ロメの枝ではなく
一本の短剣だった。
「…私が、アルギス様を弑し奉りました。」
一瞬のどよめきの後、大広間が凍りつく。
ライゾは最初は本気にしなかった。
悪い冗談。たちが悪すぎる。
そうだ。フェフが、そんなことをするはずがない。
それと同じくらい、こんな悪質な冗談を彼は言わない。
ライゾの声はにわかに震えた。
「嘘だ。」
嘘でしたで済むはずがないことくらい、わかっているはずだ。
「ユマラと天地と海の精霊、陛下に誓ってそれが真実であることを
宣言いたします。」
嘘だ。本当のはずがない。ではなぜ?なぜこんな場所でそんなことを。
それを確かめるのは、後でいい。
今はまず、彼が犯人ではないと皆の前で証明しなければ。
「いかなる根拠をもってそう申し述べるのか、この場で明らかにせよ。」
「これが、アルギス前王陛下のお命を奪った剣でございます。」
「これへ持て。」
「御意のままに。」
ライゾは差し出された短剣を手に取る。
根元までこびりついた血脂が紫がかった焦げ茶に変色し、
錆びはじめている。
「この剣にベラの毒を塗り、陛下の心臓に突き立てました。」
「よせ」
「回廊の西の中ほどでお呼び止めし、お人払いを願い、」
「やめろと言っている」
「毒刃を刺した後、垣根に隠れてご落命を確認した次第で
ございます」
「黙れ!」
思わず腰を浮かせたライゾの腕を、ぐっと握る者がいた。
オースィラが、ライゾの腕をつかんだまま恐ろしいほどの憎悪で
フェフを見ている。
いけない。このままでは。
「…では、その折に私とイェーラが垣根に向けて何本の矢を
放ったか答えよ。」
「飛んできたのは矢ではなく、投擲用の短剣が三本でございました。」
「ではラグズは」
あの時、父のヤヴンハール・イーサは、近衛隊長ラグズと衛兵二人の
遺体を見つけて戻った。
太陽殿の裏門からほど近い山中に、まとめて遺棄されていたという。
「…私が、殺しました。」
「ラグズは先王陛下の近衛隊長。王国でも五指に入る剣の使い手と
衛兵二人を一人で倒したと?」
「御意にございます。」
不可能だ。
「いかにして?」
「…私は陛下の書記官でございます。どなたも私を見つけても
警戒はなされず、人影を見なかったかとお尋ねで、不意を付くのは
容易くございました。」
「遺体はひと所にまとまっていた。なぜだ?」
「…私がお運びいたしました。」
それも無理だ。
「なにゆえに?」
「獣に荒らされては哀れだと考えてのこと。」
否定してくれ。
「それほどの時間があったとは思えない。」
自分ではないとこの場で言ってくれ。でなければ。
「陛下、それでも。全ては私の、私ひとりの仕業でございます。」
…ああ、これでは、もう無理だ。けれど、
言いたくない。こんなことは、言いたくない。
「スヴェイン」
「御前に。」
「フェフを双神殿へ。」
双神殿は双子であった8代目の国王がアトリ山中に別荘として
建てた双塔を有する小さな神殿で、数回の改装を経た今は、
国事犯専用の監獄塔として使われている。
「御意のままに。」
フェフはスヴェインに先立って歩き出す。
その暗い監獄に向けて。
大広間を出る二人を見送った人々は、彼らの姿が消えると
今度は視線を別の人物に移した。
フェフの実父ペルスと、義姉イェーラである。
ライゾは言うしかなかった。
「主席執政大臣ペルスとヤヴンハール・イェーラに、蟄居申し付ける。
速やかにアトリ神山をくだり、グリームニルにて沙汰を待つように。
なおペルスの代任は次席のマンナズとする。」

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鉄格子を挟んでフェフと対峙した時、囚われているのはまるで
ライゾの方であるかのような面持ちだった。
「言ってくれ。誰かを庇っているのか、それとも脅されたか?
気づかずに騙されたか」
フェフの表情は静かだった。嵐の後の凪ぎのように。
「…いいえ、陛下。私は誰に騙されても、脅されてもおりません。
誰を庇ってもおりません。
全ては私ひとりの、心うちのことでございます。」
「嘘だ。俺は、おまえを知ってる。
今までの友情にかけて頼む。言ってくれ。悪いようにはしない。
おまえを恨んだりしない。
フェフ、本当のことを言ってくれ。」
フェフは黙ってライゾを見つめるばかりだった。
ライゾは、父が死んだ日も、今までずっと泣かなかった。
泣けなかったのだ。その堰が切れたように、今は涙があふれ出す。
両手で鉄格子にしがみつき、それを揺すって激昂した。
「言え!王の命令だ!答えろ!
俺が聞いてるんだ!なぜだ!なぜ父を殺した!?
なぜ俺たちを裏切った!いつから!なんでおまえが!」
嗚咽に言葉を詰まらせたライゾの、鉄格子を握り締めたままの手を、
フェフはそっと包んだ。
泣きじゃくる幼いライゾをフェフ自身も子供ながらにあやしたことも
あった。
誰憚ることもなく感情のままに泣く姿は、あの頃のままに見える。
「…懐かしい。とても。
あなた様が船を降りられてから、まだ二年も経っていないのに。
けれど、もう全てが、変わってしまいました。
あの頃とは、何もかもが違う。
いつからとお尋ねなら、きっと生まれた時からでしょう。
あの頃から、私はもうずっと、アルギス様も、国もイェーラも
陛下さえも、私は裏切り、騙していたのです。」
涙に濡れた瞳が、真っ直ぐにフェフを見返す。
陽に照り映えた海のように、青い、青い瞳。
その目の中の懐かしい海に、この時フェフは永遠の別れを告げた。
「拷問も処刑も、どうぞご存分に。私にできるせめてもの贖罪です。
お許しください陛下。何も、申し上げることはできません。」
フェフの瞳を見たとき、ライゾは知った。
彼は死にたがっているのだ。揺るがない決意で、死を望んでいる。
ライゾは、背を向けて歩き出す。
その背にかけられた言葉は、聞いたことがないほどに優しかった。
「陛下の御世が善き事に満たされますよう、
陛下が英邁な君主として民草に愛されますよう、祈り続けます。
末永く、健やかにてあらせませ。」


つづきます


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プロフィール

シカピ

Author:シカピ
数年前、とある美声にひと耳惚れし、
そのまま声フェチに、そして
ヤンデレに行き着きました。
同じ道を通った人、いますか?

真冬以外は年中花粉症です。

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